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ヨハン・クライフを失った世界で

「フットボールを最発明した男」を問われた時、フットボールファンは彼の名前を挙げるに違いない。ヨハン・クライフ。トータル・フットボールの申し子としてオランダのフットボールを牽引した男であり、指導者として世界を席巻した男でもある。その名を冠した妙技「クライフ・ターン」を世界中の子供たちが真似し、彼の14番を取り合った。そのヨハン・クライフが先日、この世を去った。ペップ・グアルディオラが「クライフが『私の後に続け』と言うと、チームは団結した」と過去を振り返ったように、彼のカリスマ性は他の指導者とは桁違いだった。

本稿では個人的な思い出を添えつつ、彼がフットボールに与えてくれたものを考えていきたい。様々な記者や彼自身のことばとともに、革命家、ヨハン・クライフを思い、偲ぼう。

 
ぼくと、ヨハン・クライフ

 
 
1997年にフットボールと出会い、夢中でボールを蹴っていた少年だった筆者がヨハン・クライフと出会うことになったのは、2000年を過ぎた頃のことだ。当時の指導者から過去のフットボールを見るように薦められたことをきっかけに、僕の過去への旅が始まった。マラドーナ、クライフ、ベッケンバウワー…時代を作った先人達のプレーは、画質の悪い我が家のテレビでさえ、一際輝いて見えた。クライフ・ターンを練習していたのも、この頃だっただろうか。おぼろげな記憶の中で、裏庭で練習を続ける自分の姿が残っている。

 

 
 その後、
2004年ユーロをきっかけに戦術に嵌り、彼が指導者として成し遂げた栄光にも触れていくことになった。ボール狩りを初めて見た瞬間の感動は、今でも覚えている。恐ろしい勢いで飛び出してくる選手たちに相手は面食らい、何度となくボールを失った。

 

 
「時計仕掛けのオレンジ」は当時のフットボール界を恐ろしい精度と質によって蹂躙していった。まるで秒針が時を刻むように、当時のフットボール界では他を寄せ付けることのない正確性を誇った。

 戦術に興味を持つということは、ヨハン・クライフの思考と出会うということだった。ヨハン・クライフとアリゴ・サッキ。2人の指導者は、間違いなく近代フットボールの源流となった革命家だ。ペップ・グアルディオラは、CLでのユベントス戦において「ヨハン・クライフならどうする?」と自分に尋ね続けたという。世界最高の指揮官が最も苦しい時に頼る男が、ヨハン・クライフなのだ。

 
現代フットボールの中に色濃く残る、ヨハン・クライフの思想

 
 ヨハン・クライフの思考は、現代フットボールを形作っている。ある時は難解な、彼の大胆かつ繊細なフットボール観は、常に世界中の指導者に影響を与え続けてきた。現在のフットボールは、恐らくヨハン・クライフがいなければ全く違う形のものとなっていただろう。「ボールを動かせ、ボールは疲れない」という言葉からも解るように、彼はボールを保有する美しい攻撃的フットボールを頑なに追い求めた。ピッチの幅を最大限に広げる両ウイングと、中央で見事なハーモニーを奏でる細身の
MF、そして攻撃にも参加するテクニックを併せ持ったCB。 

「ピッチにボールは1つしかない。だったら、持ったほうが得だ。1つしかないものを、相手は持てていない。つまり、彼らは得点することが出来ない」

「人が動くところに、ボールも動く。君が正しく動けさえすれば、相手のプレッシャーを逆用することも可能だ」

「自分たちがボールを持っているときは、とにかくピッチを広く使っていくべきだ。逆に、相手がボールを持っているときはピッチを狭く圧縮しなければならない」

 
 ボールを保持することを重要視する哲学だけではなく、それに関する明確な方法論を持っていたこと。それこそが、「彼の哲学をピッチ内で体現すること」を可能にした。そして、その明確な方法論こそが、現代フットボールの礎となっている。ピッチの広さを保持することによって相手の守備に的を絞らせず、速いパス回しによってギャップを生み出す。左右に振り回されれば、中央が空きやすくなっていく。 

「私のチームではストライカーが最初のディフェンダーで、GKが最初のアタッカーだ」

 
「トータル・フットボール」の概念は、フィールドから従来の「役割」を奪い去った。全てのアタッカーはボールを奪われた瞬間に守備を開始し、全てのディフェンダーはボールを奪い取った瞬間に攻撃に参加する。
11人を切り離された個人ではなく、1つの集団として捉えるという試みは、斬新なものだった。

 同様に、彼の「ボール狩り」も様々な変化を経ながら現在「ゲーゲン・プレッシング」と呼ばれる戦術へと集約されていく。チームとして攻め、チームとして守る。その中で「美」となる創造性を組み込んだことで、ヨハン・クライフのフットボールは独特のものへと変化していった。緻密な戦術に選手を当てはめる訳ではなく、あくまでも選手の個性をベースとして緻密な戦術を組み上げたのだ。

 

 
 中盤をダイヤモンドの形状にしたフォーメーションについて熱心に語りながら、ファン・バステンについて問われれば、「
ファン・バステンがいるなら、前線に置くアイディアを採用する。彼は天才的なストライカーだし、ゴールに近づけるべきだ」と答える。あくまで彼にとってフォーメーションとは、選手の個性によって変えられるものなのだ。「全く違う個性を持った3人の選手を、メディアが同じポジションの選手として比較する意味が私には解らない」と皮肉ったこともある。

 
現代フットボールと、相反するクライフの思想 

 

「フットボールの美は、死んだ。我々は、それを取り戻さなければならない。」

 
 ヨハン・クライフが、少し前に英国紙に語った言葉だ。フットボールは徐々に屈強な肉弾戦によって支配されるスポーツとなり、ヨハン・クライフが生涯を懸けて求めた創造性と芸術性は色褪せつつある。データが支配するサッカー界では、ハーフタイムに走行距離が表示されることも珍しくなくなってきた。「どの選手がどれだけ走っているのか」、をサポーターは見ることが出来るようになり、多く走っている選手を「献身的だ
!!」と褒め称える。アルトゥール・ヴィダルやイヴァン・ラキティッチのように圧倒的な運動量とテクニックを兼ね備えた選手こそ、ある意味では現代サッカーのトレンドだろう。しかし、クライフは真っ向から運動量やデータの重要性を否定する。 

「フットボールにおいて、走行距離を評価することは最も馬鹿げている。選手たちはフットボールをしているのであって、長距離走をしているのではない。」

「コンピューターが定めるデータによって才能が殺されるのを見ていると、とても悲しい気持ちになる。アヤックスのアカデミーでは、今やそういったことが行われている。どれだけ遠くまでボールを飛ばせるかは、才能とは関係ない。」

 
 同時に、彼のスピードに対する理解は「タイミング」を重要視する点で特別なものだ。アヤックスのアカデミーにも色濃く受け継がれるこの思想は、「単純なスピード」よりも「判断力」を重視する。50m走のタイムは、クライフにとっては何の意味も持たない。 

「少しでも相手より先に動き出せば、それこそがスピードだ」

「正しいタイミングで、いるべき場所に到着することが大切だ。速すぎても駄目だし、遅すぎても駄目だ」

 
死してなお、君臨する思想

 

 
 世界一の指揮官を常にペップ・グアルディオラと争ってきた男、ジョゼ・モウリーニョは
FWとして活躍したポルトガルの英雄エウゼビオが死去したとき、次のように述べたという。

「彼のような男に、死ぬという概念はない。偉大なる歴史は残り、それが彼を死なせない」 

 ヨハン・クライフも同じだろう。フットボールを愛する指導者全ての中に、彼の思考と哲学は生き続ける。オランダの解説者Frank Snoeksは、「クライフは永遠に死なず、永遠にそこにいる。彼は我々すべてに、フットボールをどのようにプレーするか教えてくれた」と述べ、Jon Townsend記者は「クライフを失ってしまったことが悲しいのではなく、新たなクライフがフットボールの世界に現れることはないことが悲しいのだ」と綴った。

 Miguel Delaney記者は、「ヨハン・クライフがフットボール界にもたらした革命は、デヴィッド・ボウイが現代の音楽に与えた影響に酷似している」と表現したことがある。偶然にも2016年に、世界は彼ら2人を立て続けに失った。それでも、我々は進み続けなければならない。  

「最終的に、フットボールと人生は最高にシンプルだ。見ろ、考えろ、動け、スペースを見つけろ、味方を助けろ。最終的には、それだけのことだよ。

フットボールをプレーすることは、最高に単純だ。ただし、単純にフットボールをプレーすることは最高に難しい。

 
 単純なようで難解な言葉が、多くの人間の脳内で響き続ける。クライフの思想は、永遠に死なない。受け継ぐ人間が、そこにいる限り。ユーモアが溢れる彼の有名な言葉と共に、長々と続いた本稿を締めくくることにしよう。
  

僕が本当に君に理解して欲しければ、もう少し解りやすく説明しているはずだろう?

 
オランダの哲学者は、彼が残した言葉を必死で読み解こうとする人々を見ながら天国で笑っているのかもしれない。

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About yuukikouhei

yuukikouhei
結城康平: DEAR Magazine 編集部で「KNOW」カテゴリ中心に編集、企画担当。やりたい事だけは沢山あるので、Dear Magazineと共に色々なことに挑戦していきたい。ジャンル問わずなんでも書く系。サッカー批評、Qolyなどに寄稿経験有り。今一番欲しいものは、新しいノートパソコンと可愛い小動物を飼える環境。好きなアーティストはエジンバラ出身のBlue Rose Code。