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イングランドの片田舎、番狂わせを起こし続ける「奇跡のクラブ」

 
地域リーグのわたしでも、ずっと好きでいてくれる?

とあるイングランドの片田舎からの返事はきっと、「HELL YES」だ。所属は9部のアマチュアリーグ。にも関わらず、惜しみないサポーターの愛情を受け、とうとうフットボールの聖地ウェンブリーまで駆け上がった「奇跡のサッカークラブ」が存在する。観客数が100人に満たないこともざらな9部リーグで、平均観客数は2000人超え、かつては「イングランド史上最大のジャイアントキリング」と語り継がれる奇跡を起こしたクラブだ。

 
不死鳥のごとく復活した”牛のクラブ”

 

 今季、9部リーグ相当のミッドランドフットボールリーグに「大型ルーキー」が参入した。現在リーグ戦は首位。観客数が100人を超えないことも普通にある9部リーグでは異例の平均観客数2000人超えるモンスタークラブ。それがHereford FC(ヘレフォードF.C)だ。

 本拠地であるヘレフォードは、ウェールズとの境に位置するイングランド西部の地方都市。都市圏の人口は5万人、州全体でも20万人に満たない。畜産業が盛んな地域で、エンブレムにはこの地域で育てられている牛が採用されている。愛称もブルズ(牛の複数形)である。

 ただ、この話には悲しい背景が存在する。2014年12月、前身のHereford United(ヘレフォード・ユナイテッド)が財政難の為に破産し、90年の歴史に幕を降ろしたのだ。しかし、熱心なサポーター達によって新しいクラブ、ヘレフォードFCが創設され、9部リーグからの再スタートとなった。 

街に生き続ける、史上最大のジャイアントキリング

 

 決して強豪と言えるクラブではなかった。1924年創設されてから歴史の大半を5部〜3部リーグで過ごしてきた。トップリーグ経験は無く、2部リーグに所属したのも1シーズンだけだ。

 しかし、ヘレフォードの人気は凄まじい。観客が2000人を下回る日がほとんど無く、破産、降格してからの方が観客は増えているという異常事態だ。12月の祝日、ボクシングデーにはリーグ戦今季最多の4381人のサポーターが駆けつけた。何故ここまで愛されているのか?それは長い歴史の中で起こしてきた数々の「奇跡」が大きく関係している。

 そのうちの1つ、1972年のFA杯での大金星は、FA杯史上最大の番狂わせとして今でも語り継がれている。相手は当時からトップリーグに所属していたあのニューカッスル・ユナイテッド。イングランドやスコットランドの代表選手を多数抱える強豪だった。一方のヘレフォードは当時5部リーグに所属。全国リーグではない、いわゆるノンリーグに所属するクラブが、ニューカッスルに勝てるはずがないと誰もが思っていた。しかし敵地での戦いをドローに持ち込み、地元ヘレフォードでの再試合で事件は起こった。 


 これは私が見てきたフットボールの映像の中でも1番カルチャーショックを受けたものかもしれない。40年以上前のイングランド、しかも田舎のスタジアム風景がここに残っている。立見の観客は消防法なんてクソ食らえとばかりに詰め込まれ、木に登って観ている人も。ピッチのぬかるみも田んぼのようで、現在の基準なら間違いなく延期になる状態。そしてヘレフォードのゴール・勝利の瞬間にはおびただしい数のサポーターが流れ込む…フットボールという競技を観ているような心地ではなかった。

 その後も長い歴史の中で、カップ戦でトップリーグのクラブと善戦を繰り広げたり、昇格プレーオフで延長戦の末逆転勝利を収めるなど、何度もサポーターの印象に強く残る試合を演じてきた。

 5部リーグで残留を争っていた破産する直前のシーズンも、勝利が絶対条件の最終戦で終了間際に決勝点を挙げ、奇跡の逆転残留を決めるという劇的な試合があった。

最後の10分で逆転残留を決めて歓喜するヘレフォードサポーターと選手たち

  
 せっかく残留を決めたヘレフォードだったが、財政難で結局下部リーグへの降格を余儀なくされ、破産に追い込まれてしまう。

 それでもサポーターは諦めなかった。長い歴史の中で、老若男女、この土地で生きてきたあらゆる世代のサポーターが、このクラブの奇跡をその目で観てきた。ここで終わりにしたくない。今度は我々が番狂わせを起こす番だと、結束したサポーターたちは自らの手で新たなクラブを作り上げ、地域の消えかかったフットボールの灯を守り通した。

さらに、奇跡はこれだけで終わらなかった。

 
44年後の快進撃

  

 イングランドには下部リーグのみで行われるカップ戦がいくつかある。3部と4部リーグのクラブが参加できるフットボールリーグトロフィー、5部〜8部リーグのセミプロ層が参加できるFAトロフィー、最後に9部〜11部リーグのアマチュア層が参加できるFAヴェイス。様々な層のクラブが決勝戦の聖地ウェンブリーを目指して戦えるこのカップ戦システムがフットボールの母国イングランドの懐の深さの理由だ。そして今季から9部リーグに参戦したヘレフォードは、FA杯での番狂わせから44年が経ったいま、次はFAヴェイスで旋風を巻き起こしている。

ホームのサポーターの後押しで難しい試合も乗り越えてきた
ホームのサポーターの後押しで難しい試合も乗り越えてきた

 
 ベスト8まで順調に勝ち進み、迎えた準々決勝では相手に2度リードを許しながらも、延長戦での逆転劇で試合を制した。

 さらに準決勝、相手ソールズベリーFCは2014年までヘレフォードと同じ5部リーグに所属していたが、同じ年に破産して、復活を果たした同じ背景を持つクラブ。こちらも別のリーグで首位を走る強敵だった。ホーム&アウェーの2試合で争われ、ホームでの1stレグを1-0でリードして折り返す。2ndレグはアウェーで先制を許しイーブンとされるが逆転勝利。新クラブ創設初年度にして見事にウェンブリーへの切符を勝ち取った。 

アウェイでの2ndレグ、勝利を決定づけるゴールを叩き込み、歓喜するヘレフォードの選手たち

 
 毎年、FAヴェイスの決勝戦にはウェンブリーに約1万人のサポーターが駆けつける。空席も目立ってしまうが、開放されるエリアは両チームのサポーターでぎっしり埋まる。ここに来るチームの大半はホームゲームで300人も集まらないことを考えれば、十分すぎると言える。

 ヘレフォードはウェンブリーにどれだけのサポーターを集めるだろう?今回は既に1万5000枚以上のチケットが売れており、ヘレフォード側のエリアが拡大される事態となっている。最終的にどこまで数字が伸びるだろうか。 


14-15シーズンFAヴェイス決勝戦

 
おらが町にフットボールがあることの幸せ

 

 私がこのチームの存在を知ってヘレフォードを訪れた5年前、街中でグッズを飾る店もあったし、その日はアウェイ戦を中継するパブもあった。それはイングランドの他の街と何ら変わらない風景。地域の人々にとってこのクラブは空気のように、存在することが当たり前であった。

 今季の試合映像をSNSを通じてたくさん見てきたが、フットボールを失う危機を乗り越えたヘレフォードのサポーターは今、この街でこうして試合が観られることを心から幸せに思っているように感じる。彼らにとって所属ディビジョンやレベルは問題ではない。勝ち負けでもない(もちろん勝つに越したことはないが)。ここにフットボールがあること。きっとそれが一番重要なのだ。

アウェイに駆けつけるヘレフォードサポーター

 
 そして幸せを更に爆発させる絶好の機会が目前に迫っている。前身のユナイテッドでもたどり着けなかった、初めてのウェンブリー。ヘレフォード FCに関わる全ての人々が気持ちを昂らせている。

決勝は5月22日に聖地で行われる。私も心から応援している。We’re going to Wembley,Bulls!!

Photos by Stephen Niblett

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footysab: フットボールという物差しを片手に、日本のみならず世界を旅するトラベラー。プレーする人、サポートする人の数だけ、様々なフットボール観があって、それを確かめに行く旅はとても楽しいものです。貴方のフットボールライフをちょっと豊かにする気付きになってもらえたら、不器用ですがそんな想いで各地で見てきたものを書き留めていきます。

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