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©iStockphoto.com/ Rawpixel Ltd
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レスター・シティの奇跡を作り上げた、「世界最強の裏方」

”Unbelievable” (信じられない)という台詞を、今までの人生で最も使ったシーズンになった」

青い狐が世界中の話題を独占したプレミアリーグの1年を、英国の解説者は上記のように表現した。経済的に優れている訳でもない小さなクラブが、世界に名を知られる巨人をなぎ倒す。クラウディオ・ラニエリの率いた若者達は、狡猾に猛獣の群れを突破していった。
小さなクラブをサポートする人々にとって、レスター・シティの戴冠は希望をもたらすものになる。では、彼らの奇跡を助けたものとは何だったのだろう。確かに強豪達が軒並み調子を崩すという幸運にも助けられたが、レスター・シティには「世界トップクラスの裏方」達がいた。レスター・シティは全てを天に委ね、奇跡を待っていただけではなかった。人事を尽くしたからこそ、天命が微笑んだのだ。


 
世界最高の分析者集団によって、丸裸にされるライバルたち

 
 近現代において「情報」の価値が高まっているというのは周知の事実だ。テクノロジー
の急速な発展によって無限に集まる情報を処理する速度が飛躍的に上昇する今、どのように情報を集めるかという部分は勝敗を決定づける。

 レスター・シティが擁する「パフォーマンス分析部」は、統計の専門家であるDaniel Altmanが「世界でもトップレベルのデータ分析者集団」と語るチームだ。広いピッチを選手達が走り回る裏側では、コンピューターの前で分析ソフトを動かす頭脳労働者がいる。彼らこそ、レスター・シティ上層部が「絶対にチームに残して欲しい」とラニエリに頼み込んだチームの心臓なのだ。クラウディオ・ラニエリは、指揮官候補の中で唯一レスター上層部からの申し出を快諾。他の指揮官が「前任者の色」がついたスタッフと働くことを拒否したこととは対照的に、分析者集団の価値を理解して重用した。

http://www.tacticalinsights.co.uk/

 試合の前に、指揮官ラニエリは1選手につき60本程度のビデオ分析を行っていたという。そのビデオを作り上げていたのが「パフォーマンス分析部」なのだ。分析者集団が無限に近いデータから必要なものを指揮官に渡し、指揮官が経験と戦術的知識を生かして更に重要なものを選別。無限のデータは、この二段階のプロセスを経ることで選手の元に「必要な量だけ」届けられる。現アトレティコ・マドリードのフィリペ・ルイスは、「ジョゼ・モウリーニョの要求は凄まじい。それについていけなくなる選手達もいる。」とコメントした。前王者でありながら不調に沈んだチェルシーにおいて、ジョゼ・モウリーニョは分析を細かく管理したがる指揮官として知られていた。「データを与えすぎる」、という面でモウリーニョは失敗してしまったのかもしれない。聡明な指揮官だからこそ、選手の情報能力を高めに見積もってしまうのかもしれない。

 バイエルン・ミュンヘンでペップ・グアルディオラの右腕が残した「ピッチで使われてこそ、データには意味がある」という言葉は示唆に富む。データ分析を生業とする分析者集団を、戦術を愛するイタリア人指揮官が最大限に活用したように、「指導者と裏方がどのように融合するか」が重要になるはずだ。

 元々戦術が好きで仕方がないとも言われているイタリア人指揮官は、1人でも分析に明け暮れるだろう。しかし、研究室に籠る教授のように選手とのコミュニケーションが減ってしまうリスクもある。優秀な分析部のサポートにより、ラニエリは時間を無駄にせずに正確な分析をこなすことに成功。チームでピザパーティを楽しみ、選手の誕生日パーティに参加する時間も生まれたのだ。

 
埋もれた才能を発掘する、スカウティングの魔術

 選手の価値を見極め、獲得を進言することがスカウティング部門の仕事だ。埋もれた才能を安く買い取り、プレミアでもトップクラスの選手へと変貌させる。多くのトップクラブが世界中にスカウト網を張り巡らせている今、原石の発見は簡単ではない。ユースの大会で輝いた選手達は、トップクラブのスカウトが名前を控える対象となる。19歳のフランス代表FWアンソニー・マーシャルが強豪マンチェスター・ユナイテッドで鮮烈なデビューシーズンを過ごしているように、トップクラブは即戦力になれると見れば若者に3600万ユーロという大金を投資することすらある。

 アルジェリア代表アタッカー、リヤド・マフレズとフランス代表MFエンゴロ・カンテ。2人のトッププレイヤーこそ、レスターのスカウティング能力が傑出していることを証明している。トップクラブのアカデミーでは活躍出来ず、19歳までプロのトライアルに受からなかったエンゴロ・カンテ。ストリートサッカー出身で、フランス2部で埋もれていたリヤド・マフレズ。フランスリーグから獲得した2人は、プレミアリーグでもトップクラスの選手へと変貌した。特にリヤド・マフレズは、イングランドで大きく成長した選手でもある。昨シーズンのチェルシー戦では「ジョン・テリーに動きを全て読まれ、選手として殺された」と語る男は、今季チェルシー戦で躍動。見事にチェルシーの守備陣を打ち破り、その成長を見せつけた。欧州のトップクラブは、「何故彼らほどの選手が網に引っ掛からなかったのか」と悔やんでいるに違いない。

 クラウディオ・ラニエリを支えたアシスタントマネージャーであり、選手獲得部門のトップとしても働いていたのがSteve Walsh(スティーブ・ウォルシュ)だ。アシスタントマネージャーとスカウト部門を兼任するというのは、比較的珍しいことだ。ラニエリに近い位置にいる彼が、エンゴロ・カンテの重用を進言したことは成功における重要な鍵だった。チェルシー時代にもラニエリが共に働いた「ダイヤモンドを発見する男」の目利きは、無視出来るものではない。

 実際、クラウディオ・ラニエリはエンゴロ・カンテという選手を知らなかったという。獲得を躊躇した指揮官に対し、ウォルシュは部下であるスカウティング・コーディネーターDavid Millsに迅速に指示を出す。カンテのプレーを継続的に視察していた彼は、様々な動画とデータを獲得の理由として指揮官ラニエリに提出。指揮官の決断を支えたのは、裏方達の絶え間ない努力だった。

 レスターからトッテナムに引き抜かれたRob Mackenzie(ロブ・マッケンジー)は「今までと変わらず、選手獲得においてスカウト部門の責任者の意見が重要となるところは変わっていない。革命的な変化が起こりつつある部分は、スカウト部門の責任者が判断を下すまでの部分だ。獲得に関する判断は、以前よりも正確になっている」と語る。選手分析に関する統計学の飛躍的な発展は、スカウティングにおける1つの指針となった。実際、デンマークのFCミッティランは統計分析を選手のスカウトに活用することに成功している。

 スカウティングにおいてレスターが特徴的だったのが、「実力派スカウトの眼力を信頼する古来のアプローチ」と「統計学を活用する現代的なアプローチ」の融合を目指した点にある。マッケンジーによれば、「スカウトの判断力を、どのようにデータが補強するか」という部分こそが、レスター・シティが取り組む難題だ。彼らは「経験豊富なスカウトの判断力を絶対的に信頼する」が、一方で「スカウトが見ていた選手のパフォーマンスは、本当に選手のパフォーマンスを象徴したものなのか?」という部分に着目する。その答えを得るために、データが使われるのだ。データは補佐的にスカウトを助け、判断の精度を向上させる。ビデオ分析などを使うことによって、時間や金銭的な負担を減らすことにも繋がる。

 

レスター・シティ の奇跡が教えてくれるもの

 

 

 マッケンジーの言葉を借りればレスター・シティが目指しているのは、「分析者たちが、データを意味のある文脈の中で使えるように心掛ける」ことだ。情報を集めるだけではなく、局面ごとに重要な部分を抜き出すこと。この技術を必要とする難題に挑むことが、彼らの的確な選手獲得を可能とした。情報は、そのものだけでは意味がない。どのようにデータを使うかという部分を考慮することが、大きな差を作る。マフレズやカンテは経験のあるスカウトだからこそ見つけ出せた「隠れた」選手だろうし、データ分析は彼らの実力を証明し、獲得へ繋げる重要な指標となった。

 当然、トップクラブはレスター・シティが優秀な人材の宝庫であることに気付いている。昨年トッテナム・ホットスパーズはマッケンジー、今年アーセナルは彼の後釜となったBen Wrigglesworth(ベン・リグルワース)を引き抜いた。しかし、レスター・シティの分析はチームとして機能する。マッケンジーを失っても、リグルワースを失っても、彼らの分析力は衰えることを知らなかった。

 チームとしての分析と、チームとしてのスカウト活動。選手だけではなく、裏方達も「家族」となったチームこそが、レスター・シティだった。彼らの奇跡を、奇跡で終わらせることは簡単だ。しかし我々は、この奇跡から学ぶことが多くあるに違いない。

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About yuukikouhei

yuukikouhei
結城康平: DEAR Magazine 編集部で「KNOW」カテゴリ中心に編集、企画担当。やりたい事だけは沢山あるので、Dear Magazineと共に色々なことに挑戦していきたい。ジャンル問わずなんでも書く系。サッカー批評、Qolyなどに寄稿経験有り。今一番欲しいものは、新しいノートパソコンと可愛い小動物を飼える環境。好きなアーティストはエジンバラ出身のBlue Rose Code。

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