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担架スタッフの流儀

Jリーグを支える人々やその役割は、ピッチ外では運営やビールの売り子さん、チケットもぎりなどさまざまです。ピッチ内やその周辺では審判やボールボーイなど試合に直接的に関わる人々もいますが、その中に「担架スタッフ」という役割があります。

今回は、これまで担架スタッフとして50キャップ(Jリーグ、YNC、天皇杯、ACL、ゼロックス、日本代表、CWC)を超える私の経験から、担架スタッフの心得やテクニックをご紹介したいと思います。みなさんが担架を運ぶ際の参考として、少しでも役に立てればと思います。

 
担架スタッフってなに?~基本編~

 

 そもそも担架スタッフとは何をする人なのでしょうか?

 私たち担架スタッフは、ゲーム中主審の要請があった場合に、負傷した選手を必要に応じてピッチ外や医務室、ロッカールームまで運ぶ役割を担っています。要請とは審判がゲームを止めて、身体の前で両手で何かを持ち上げるようなシグナルをしたときがそのサインです。

 ただ、単に運び出すだけでしょ?というふうに思っている方がいるかもしれませんが、多くのテクニックがあります。ただ運び出すだけなら、ストレッチャーやカートの方が余程便利だからです。

 
あっ!選手が倒れた!!~待機編~

 
 ピッチに入る前の段階から順を追って見ていきましょう。

 まず、担架はピッチサイドの第2の審判員(真ん中にいる審判員。アディショナルタイム表示など主審のサポートをしている)と各ベンチの間に2台用意されています。1台に対して、4名で持ちます。分担としては、ハーフコートずつを受け持っています。また、接触により2名同時に倒れたときのためでもあります。

 次にフィールド内で選手が倒れこみます。このときに担架スタッフはピッチサイドまで2mほど手前の位置まで行き、スタンバイします。このとき、1名はフィールドに入った際にレフリーに渡すボトルも用意します(通称レフリーボトル)。サッカー選手は強靭なので、大体の場合この辺で立ち上がります。激しくタフな試合やピッチがスリッピーな場合は、この往復を何回も繰り返すため、担架スタッフにとっても非常にタフな展開となります。

 選手がなお痛がっているときは、主審はまずドクターやマッサー(マッサージをするひと)をフィールドに入れる許可をシグナルします。片手をあげて、第4の審判に「来い来い」とやります。担架スタッフは、このタイミングで負傷者に最も近いタッチラインまで平行にスライドします。

 スタンバイする際は、担架に貼られているバナー(スポンサー広告)を必ずメインスタンド側に向けます。スタッフはバナーに被らないように「八」の字の形にスタンバイするようにします。スポンサードして頂く企業さまに貢献するのも大事な役割の1つです。

 
主審の”シグナル”!ピッチに突入!~出動編~

 
 

タッチライン際でスタンバっている担架チームに主審が身体の前で担架シグナル!!これを見た4人は猛然と現場にダッシュします!!本番はここからです。

 まず、ピッチに入ったら、我々は必ず負傷者の奥(バックスタンド側)にポジションを取ります。なぜなら、メインスタンド側にいるテレビカメラは負傷している選手を映したいからです。そして、実況や解説の方がその場の状況を、テレビの向こう側の人に伝えなければなりません。

 ここで、レフリーボトル保持者はレフリーに水を差し出します。経験上、3人に1人は飲むかなというくらいです。Jリーグのレフリーはみんな1級審判員です。彼らも審判のプロ。スタミナは無限大なのであまり飲みません。ちなみにレフリーは担架スタッフから水を貰うか、CKのときにささっと飲むかのどっちかでしか水を補給しません。厳しい仕事です…。

 また、ピッチに入っても、運ぶ場合と運ばない場合があります。中には担架が入りスタンバイするとスッと立ち上がり、歩いて出ていく選手も多いです。担架というアトラクションが怖いのか…時間稼ぎのケースもなきにしもあらず…。

 
ピッチ外に運び出せ!~輸送編~

 
 いよいよ、選手を運び出す時がやって参りました。担架に乗れないほど、重傷の選手はまず担架に乗せるところから手伝います。このときは
必ず腰を持ち上げます。頭と脚だけを持っても、人はなかなか動きません。もちろん、負傷個所は極力触りません。

  このとき、たった1つだけ例外があります。それは頭部や首の負傷です。このときは専用の担架を使用します。基本的には頭部を固定して、寝かせておくそうです。動かすこと自体が危険を伴うそうなので。

  お話戻りまして、運び出すシーンです。担架の上に負傷者が乗ります。すると、次は担架を持ち上げます。このときに、持ち上げる掛け声「せーの」を出すのは頭側の担架スタッフです。決して、ドクターや脚側の人が声をかけることはないです。そして、持ち上がった担架は負傷者の脚側に進みます。方向転換をしながら、ずっと脚側に直進です。

 
担架の行く末~到着編~

 
 私たちが運ぶ先は主に3つあります。1つ目はピッチサイドです。脚が攣る(つる)程度だと、大体はピッチサイドに運び出します。そこでのコールドスプレーやストレッチで処置します。2つ目にベンチです。そのまま交代になる選手や軽傷程度の選手は自チームのベンチに運びます。3つ目は、医務室もしくはロッカールームです。それなりに処置が必要な場合や靭帯系の損傷などのときです。例外として、そのプレーでそのまま退場になった選手を運ぶこともあります。また担架を再び地上に降ろすときは脚側のスタッフが声を掛けます。このときに若干頭側を先に降ろすのもテクニックの一つです。

  基本的にはここでお役御免。帰るときは猛ダッシュで椅子へ。このときもバナーは必ずメインスタンドに向けておくのが鉄則です。

 
炎上担架スタッフ ~考察編~

 
 次は、ここまでのことを踏まえ、実際に担架スタッフの動きを見ていきたいと思います。少し前に嵐のごとく拡散された担架スタッフを例に見てみましょう。

 

 ご覧いただけたでしょうか。まず以下の仮説を立てます。

「ホームチームがビハインドなため、担架スタッフは早く試合を再開させたい。なので、対応が著しく粗雑になっている」 

 では、検証を始めます。まず、彼らは入って早々にコミュニケーションを取っていますが、私たちは原則選手と関わる機会はありません。

 次に担架をバックスタンド側に置くところはとても良いです。それによって、このおもしろいやり取りがカメラに残っているからです。しかし、置く際に投げるのはいけません。当たり前です。

 次に手前側のスタッフが勝手に負傷者の両足を持っています。これもダメです。怪我を悪化させる恐れがあるからです。これ、いう必要ありますかね?そして、四つん這いになった選手の腰を持ち、担架へと投げ込みます。もっての外です。また、完全に持ち上げぬまま移動を開始しています。不安定になり、手前側のスタッフが転んでしまいます。再び、不安定な状態で進んだため次は負傷者側に倒れこみます。はい、最悪です。

 最後に運び出したのちに、選手を下ろします。このときに、担架を手から落とします。負傷部分と思われる腰から落下します。こんな担架に乗るのは、もう選手側のミスといってもいいかもしれません。

 
 このような対応になったのは2つ理由があると考えられます。

 1つ目は、やはりチームがビハインドの状況であったから。サッカーの試合にとって、担架インは時間のロスが最も大きいものになります。スタッフは応援する自チームのために早く再開を望んでいた。そして、あわよくば選手がピッチに戻れなくなれば、という思考に至ったことが考えられます。

 2つ目は負傷者の程度と狙いです。彼は自分で動くことができているため、負傷の程度は軽いことが推測されます。そのため、リードしているチームの選手が時間稼ぎのために担架の利用を要請した可能性があります。

 以上のような理由から、このような奇跡が生まれてしまったと考えて良いでしょう。

 
担架スタッフの大きな役割と魅力

 
 少しは担架スタッフに興味を持って頂けたでしょうか?これは私が担当している試合の話であって、他の試合でどのようなマニュアルや規則があるのかはわかりません。ですが、常に担架スタッフとしてはお手本になれるような言動を心掛けているつもりです。そして、我々には何よりも選手が安心して快適に全力でプレーできる環境の一部になれる喜びがあります。また、できるだけアクチュアルプレーイングタイム(90分で選手が実際にプレーしている時間)が増えるように迅速に対応することが私たちのミッションであります。

 普通ではできない体験ができることも担架スタッフの醍醐味です。

ピッチ内の選手や審判の声など丸聞こえで、特にベンチからの指示や野次、甲府時代の城福監督が怖すぎて本気でビビったこと。クラブワールドカップで、出場機会のなかったサンフレッチェ広島の佐藤寿人選手が、交代して退いた選手に誰よりも先にベンチコートを渡して声を掛けに行ったプロとしての姿勢を間近で見れたこと。本当に数え切れません。あ、まだありました。槙野選手のトゥーキックで隣の担架スタッフの方にボールがぶち込まれたこともあります。

 選手や審判はよりタフでスピーディー、フェアなサッカーを目指します。ファンは誰もが安心安全で楽しめるスタジアムを作ります。クラブはファンや地域住民など多くの人のためにさまざまなイベントを企画します。みんな役割は異なりますが、これはJリーグというものをより良くして、もっと多くの人に魅力に気づいて欲しいからです。これが、私が思うJリーグの魅力です。

 また、担架界の普及や地位向上、みなさんの担架リテラシー向上もそうですが、なにより少しでも試合観戦を楽しくするエッセンスになれば嬉しいです。

 

Photos by yamaosa
Photo on top credit: Christos Tsoumplekas (Back again!) via VisualHunt.com / CC BY-NC

 

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About ibu

ibu
Ibu:サッカーを愛しすぎて、ハーフタイムでお風呂に入ってしまうような人間です。たくさんの視点からサッカーとJリーグについて書いてみたいです。書くことは苦手ですが、伝えることは大好きです!答えは人の数だけ!じっくりと理解して頂ければ幸いです。よろしくお願いします。

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