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ボールに触らない「89分」の過ごしかた

フットボールの試合において、「1人の選手がボールに触れる時間の平均は53.4±8.1秒」だ。スポーツ科学者のCarling, C. (2010) がフランス1部リーグのチームを調査したこの研究は、「ボールに触れていない時間」の本当の重要性を照らし出すものでもある。90分のうち、選手達は1分程度ボールに触っている。残りの89分間、「ピッチでサッカー選手が何をしているか」は意外と知られていない。ボールを持たずに過ごす89分間こそ、組織的な戦術理解度を必要とする鍵だ。そして、その89分を「充実させられる」選手こそが現代サッカーにおいて最も求められている。

 
「89分」の組織的な守備の重要性。

 

「美しい攻撃サッカー」が持て囃される昨今、人々はボールを持つ選手に集中する傾向にある。試合において観客はボールを追い、ボールを中心にデータが集められる。シュートやパス、タックル、インターセプト。数字として集められるデータの大半は、あくまでも試合の一端である「ボールを中心としたアクション」を切り取ったものに過ぎない。

名著The Numbers Gameにおいて、非常に重要な研究結果が得られたことはフットボール界を大きく揺るがすものだった。「1得点を取ることは、当然だが得点しないよりも勝利に繋がる可能性が高い。つまり得点において、0<1という式が成り立つ。しかし、無失点で終わることは1点を取ることよりも勝利に繋がる可能性が高い。つまりここでは、1<0となるのだ」。それどころか、彼らのデータは2001/02 から2010/11シーズンの間において「無失点で終わった試合の勝ち点平均が2.5点となる」という事実を提示した。一方でチームが2得点を取った時の平均勝ち点は、2.08点。これは端的に「2得点を取るよりも、無失点に抑えるほうが勝利に近づくことすらある」ということを意味する。2点差は危険なスコア、というのは、存外間違ってはいないのかもしれない。

 難解な状況を常に打開する指揮官、サム・アラダイスは「13回無失点を達成すれば、チームは残留出来る」とコメントして窮地にあるサンダーランドを鼓舞した。サンダーランドが見事残留を成し遂げたのも、彼の手腕によるものだ。ジョゼ・モウリーニョはプレミアリーグにおいて、最も無失点試合を記録した指揮官でもある。今季のチェルシーが自陣の守備から崩壊したように、守備こそがチーム全体のバランスを取る鍵だ。そして、守備陣への緻密なアプローチこそ、本来は最も強調されるべきものだ。

 ペップ・グアルディオラが構築したバルセロナの攻撃は、「組織的な攻撃サッカー」と称賛を浴びた。しかし、実際はどうなのだろう。シャビとアンドレス・イニエスタ、セルヒオ・ブスケツ。彼らはドリブルやシュートを得意としていなくても、「個」として突出している。ボールを持てば自然に奪われない位置へと運び、正確なパスを通す。ボールを奪われずにチャンスを作り出すことも「圧倒的な個」だ。更に、前線には神の子と呼ぶに相応しいリオネル・メッシが君臨した。彼らのようにボールを完全に支配出来るチームであれば、個々の選手が長い時間ボールを持つことが出来るだろう。だからこそ、ボールに関与しながらチャンスを作り出せる選手の価値は向上する。

 一方で、「パスサッカーは、個を必要としない」という誤解は、フットボール界を大きく曲げてしまった。圧倒的な個がいないチームで、ボールを支配する相手に対して「89分間」をどのように過ごすか。そうなれば、勝ちにこだわる指導者はシンプルな答えに辿り着くはずなのだ。それこそが「組織的な守備」だ。ボールを奪う場所が定められていれば、「1分間」を効果的に活用することも可能なのである。Jamie Hamilton氏は著作の中で「シメオネのフットボールは、クライフの目指したものとは違うかもしれないが純粋な組織の美だ」と表現した。

 彼はルーサー・イングラムが唄った「君を愛することが間違っているなら、僕は正しくありたくはない」という歌詞を引用しながら、フットボールの世界を彩る「異なった美」を讃えた。

 
1分」を重視して、選手を評価する弊害

 
 ただ、ボールに関わらない部分で活躍する選手は着目されづらい。実際、急速に進歩する統計データにおいても、ボールを中心とした数値が使われがちだ。科学的なアプローチは、覚醒する前のハリー・ケインやリヤド・マフレズを見つけられるだろうか
? 身体能力系の数値がトップクラスには届かないと考えられていて「どうしてゴールを決め続けられるのかが解らない」と言われていたハリー・ケインや、果敢にドリブルを仕掛けていくだけだったマフレズ。ドリブルの成功率だけを見れば、レスターが獲得した当時のマフレズは平凡な選手だったはずだ。マフレズやケインは、89分間を元々有効に使える選手だった訳ではない。圧倒的スピードやパワーがなかったからこそ、彼らは「89分間に拘る」選手となった。彼らの才能を見抜き、適切な指揮官と巡り合わせたこと。それこそが、称賛されるべき決断だった。

 マフレズは守備にも積極的に参加し、前からのプレスでもリトリートでも問題なくこなしていく。攻撃面でも、彼は神出鬼没だ。主戦場であるサイドだけでなく中央にも顔を出し、逆サイドにサポートに行くことすらある。味方がボールを持てば迷いなく囮になるフリーランもこなすし、味方の動きを把握した上で相手を欺くキックフェイントも得意としている。ハリー・ケインも同様だ。「貢献度は英国一のストライカー」と言っても差し支えない選手へと変貌した彼は、全ての局面で試合に関与する。彼より局面的に優れている選手はいるかもしれないが、バランスの良さは彼の最大の武器だろう。ポストとしてチームを助け、自らゴールを沈める。味方を生かし、味方に生かされ、味方を助ける。

 華麗なフェイントや強烈なシュートを撃ち込める選手は、非常に注目されやすい。市場価値で見ても、FWが圧倒的に高値で取引きされていることも事実だ。ズラタン・イブラヒモビッチやリオネル・メッシ、クリスティアーノ・ロナウドといったトッププレイヤーは、チームを支える守備の選手よりも高給取りだ。

 
「1分」の強調によって
消えた「守備の専門家」

 守備の選手でも、解りやすくボールを奪える選手が着目されやすい。特にフィジカルが強い選手は、高値で取引きされる傾向にある。マンチェスター・シティはフランス人CBエリアカン・マンガラと、ニコラス・オタメンディを獲得。強靭なフィジカルを誇り、相手のボールを容赦なく奪う選手として評価されていた2人だが、未だにプレミアの水に馴染めずに苦しんでいる。ポジショニングのミスなどが目立ち、組織の一員として「89分」を過ごせていないのだ。「1分」での守備力は驚嘆に値するものの、それだけでは優秀な選手とは認められない。

「英国フットボールは純粋なDFを失ってしまった」との記事が、FourFourTwoに掲載されたように、純粋なCBは少なくなってきている。元リバプールのCBジェイミー・キャラガーは、古き良きCBだった。常に大声でチームを鼓舞し、激しいタックルで相手選手と渡り合う。シュートコースに躊躇なく身体を投げ出し、命を燃やす。イタリアでは、アレッサンドロ・ネスタやパオロ・マルディーニが「芸術的な守備」を披露する。

 彼らのようなCBは、絶滅危惧種となっている。攻撃の起点となれるような足下の技術が必要とされた結果、CBの仕事は「守る」ことだけではなくなった。彼らは以前より多くの仕事を得る一方、その守備力を失っていった。身体能力があるCBは溢れていても、本当にチームの失点を防げる選手は少ない。そういった選手を評価することも、現代的な基準では難しくなっているのだ。

89分間、守備に集中すること」は簡単ではないが、不可能ではない。レスター・シティのCBコンビ、ウェズ・モーガンとロベルト・フートは「時代遅れ」の烙印を押された選手だった。身体能力に任せた強引なプレーに終始し、足下は不器用。しかし、クラウディオ・ラニエリと共に「守ること」だけに集中した結果、2人は堅陣を築く高き壁となった。綺麗に前線に合わせるようなロングパスはなく、難しいボールは外へと弾き出した。それでも彼らは、プレミアで最高の守備を作り出せたのである。

 もしこれを読んでいるあなたがプレーヤーであれば、「どのように89分を過ごすか」を、指導者であれば、「どのようにプレーヤーの89分を評価するか」を考えることは非常に重要なことではないだろうか。選手にも指揮官にも、90分は平等に与えられる。それを生かせるかどうかは、小さな意識の変化次第なのかもしれない。

 

参考文献

Carling, C. (2010) Analysis ofphysicalactivity profiles when running with the ball in a professional soccer team. Journal of Sports Sciences, 28 (3). pp. 319-326. ISSN.

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About yuukikouhei

yuukikouhei
結城康平: DEAR Magazine 編集部で「KNOW」カテゴリ中心に編集、企画担当。やりたい事だけは沢山あるので、Dear Magazineと共に色々なことに挑戦していきたい。ジャンル問わずなんでも書く系。サッカー批評、Qolyなどに寄稿経験有り。今一番欲しいものは、新しいノートパソコンと可愛い小動物を飼える環境。好きなアーティストはエジンバラ出身のBlue Rose Code。

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