
私はこれまで担架スタッフとして50キャップ(Jリーグ、YNC、天皇杯、ACL、ゼロックス、日本代表、CWC)を超える試合を経験していますが、実は担架スタッフとボールボーイは基本的にセットであることが多いです。控え室も薄い壁一枚で区切られているだけであり、お互いのことをよく知っています。事実、試合前の紹介も一緒に行われます。そんな彼らはピッチ外に飛んだボールを拾い、選手に渡すだけの簡単なお仕事。なんてそう思われがちですが、実はいろいろなテクニックがあり、奥が深いものなのです。
ボールパーソンのシステムとミッション

1つ前提として、ボールパーソンは女の子が務めることも数多くあるため、この世界では「ボールパーソン」と表現します。ボールパーソンはピッチの周りを約20人ほどで包囲します。(当然スタジアムの構造や陸上トラックの有無によって人数や配置の仕方も異なります)Jリーグではマルチボールシステムを採用しているため、ピッチ上で蹴られているボールが1球とボールパーソンが大切にお腹に抱えているのが6球の計7球あります。ボールパーソンの使命は以下の2つが大前提となっています。
- アウトオブプレーになり、ピッチの外に出たボールを拾うこと
- リスタートする選手にスムーズにボールを配球すること
また、クラブによりますが、ボールパーソンを任されるのはホームチームの下部組織や地元の中高生が多いようです。ハツラツと元気な学生や若者が行います。彼らは自身の役割を全うしながら目の前で特上のプレーを見ることができます。誰もができる機会ではありません。やる経験も見る経験も大切にしてほしいものです。
明日使えるボールパーソンテクニック

では、具体的にボールパーソンはどのように任務を遂行するのでしょうか。私が受けた指導を元に、ボールパーソンのテクニックをご紹介します。なにかの参考にしてください。
まず、ボールホルダー(ボールを持っているひと)は基本的に両ゴール裏、両ベンチの外側とバックスタンド側の各ハーフコートの中点にいます。彼らはピッチに迅速にボールが配球できるように、またボールホルダーの近くのボールパーソンはボールホルダーにスムーズにボールを回すことを意識します。
重要なのはここからです。いくつかボールパーソンの極意があるので、それを紹介します。
①出足の速さ
何といっても出足の速さが大切です。これは選手もボールパーソンも同じ。「来る」「出る」と思うより先に身体が反応することが求められます。そして、配球先へダッシュをします。リスタートの時の初速を極めると、選手に笑いながら褒められるということもボールパーソン界ではしばしばで、嬉しい瞬間でもあります。
②可能な限り手渡し
①が上手くできるとリスタートポイントに選手より先、もしくはほぼ同着できます。このときは選手にボールを直接手渡しします。これはボールパーソンとしての最も優秀なパフォーマンスの1つといえます。運が良いと選手から「ありがとう」なんていってもらえます。その瞬間に僕たちはその選手にホームアウェイ関係なくメロメロです。
③両手で胸に向かって下投げ
当然、毎回手渡しできるほどJリーグのスピードはのんびりしていません。選手からボールを求められた際には必ず選手の胸に向かって両手で下投げです。スポンサーボード(電光掲示板)等で距離がある場合でもワンバウンドです。これは、キャッチ後すぐにスタートできるようにするための工夫でもあります。
もう1つは、丁寧さです。もちろん、ドッジボールのように片手で「オリャー!!」と投げることも可能です。しかし、選手がボールを取りやすい位置に正確に投げるという点でリスクが生じてしまうのも事実ですし、これは粗暴な印象を与えかねません。私たちは、常に観衆の目を意識することが求められます。ボールパーソンが脚を組んでたり、ガム噛んでいたりしたらどこか見損ないますよね…そういうことなんです。
④戻るときも全力ダッシュ
選手にボールを無事に渡せたら歩いて帰ってもいいよ…そんなことはありません。観衆の眼が輝いている以上、私たちはきびきび動くことが求められます。全力で走って拾って、全力で走って戻る。全力すぎて、複数のボールパーソンが選手にボールを2つ出してしまうこともあります。
*選手が受けにこない場合
選手が来ない場合はスローインの再開地点にボールを置き、ゴールキックの際、キーパーがボールを受けに来ない場合はゴールエリア内に転がします。
これまでの項目に比べるとレアケースですが、時間帯とスコアによってはよくあります。水分補給やコーチングを受ける等で選手がポイントまで来ない場合があります。そんなとき、ボールパーソンはそこで待っていることはありません。ポイントにボールを置き、その場を離れます。ゴールキックの際もキーパーが求めるまで待っているといつまでも再開されません。なので、先にすぐにセットできるエリア内にボールを転がします。
以上のように、ボールパーソンは微力ながらできるだけアクチュアルプレーイングタイム(90分の中での実際のプレー時間)を伸ばすお手伝いをすることがその大きな役割であり、使命です。
また前述の通り、クラブによっても方針は異なり、ボールパーソンの模範例としてあげられたり、マッチコミッショナー等の方がたからも信頼が厚い、優れたボールパーソン教育を行うクラブもあったりと、ボールパーソン界も奥が深いのです。
あらゆる方面で活躍するボールパーソン

ひと口にボールパーソンといえども、その存在はサッカー界だけではありません。各スポーツ界でも欠かせない存在として、そのスポーツに貢献しています。そして、ボールパーソンにとっても、プロスポーツの舞台でプロの一挙手一投足を間近で感じられる良い機会となります。真剣勝負の中での大きなヒントを未来のスポーツを担う次世代に与えているのです。
また野球では過去に人だけでなく、犬がボール”ドッグ”として活躍していたとか。広島カープのホームゲームで球審にボールを渡しに行く姿は一躍有名なり、そのかわいい姿を見ようと球場に足を運ぶ人も多かったとか。ここからはボールパーソン目線で世界のさまざなボールパーソンを見ていきたいと思います。
テニスのボールパーソン
素晴らしい初動と完璧なキャッチング。テニスでもボールパーソンはなくてはならない存在ですが、彼らのとるクラウチングスタイルや瞬発力には、我々ボールパーソンも「ゴクリ…」と目を見張ってしまいます。さらにタオルまで渡す彼らは、「ボールパーソンのその先」へ行ってしまった猛者といって良いでしょう。
そして、このプレーに温かい拍手を送る観客の姿に僕の心も温かくなりました。観客の観戦に対する「余裕」が見て取れます。そして、彼の嬉しいことを押し殺して作る「当たり前のことをしたまで」という表情も大好きです。彼の水色のキャップが一段と輝いて見えますね。
アシスト:ボールパーソン!?
サッカーの醍醐味といえば、なんといっても「ゴール」ですが、「アシスト」もそうです。しかし、それをさらにアシストしてしまう強者のボールパーソンも世界にはいます。
ご覧頂けたでしょうか。1点を分解できるとしたら、彼に0.5点はあげて良いでしょう。これがいいのかどうかはさておき、「アクチュアルプレーイングタイムを増やす」という役割はこれでもかというくらい果たしています。ボールパーソンは、このような瞬時の判断でサッカーの魅力を引き出すサポートもできるということです。彼の行動はいわゆる「ホームアドバンテージ」を自分の職務の範囲内で最大級に発揮するものであったともいえます。
ここまで書いてきたようにボールパーソンはスポーツにおいて、必要不可欠な役割であります。その中でもサッカーのボールパーソンは目立つことのない「影武者」のような存在です。しかし、審判やボールパーソン、運営スタッフなど数え切れないくらいの人間が関わっており、その人たちの力なしでは成り立ちません。
不運にもネガティブなことで取り上げられることも少なくありませんが、それでも、ボールパーソンは試合という真剣勝負を支え続けます。ときに試合を左右する大きなプレッシャーを感じながら、目の前の憧れの舞台を夢見て使命を果たします。もし、観戦した試合で素晴らしいボールパーソンのサポートに出会えたら、惜しみない拍手をボールパーソンに送ってあげて下さい。