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21世紀 佐藤と鈴木のJリーグ史

こんにちは、tkqです。

J1のファーストステージも終了し、30試合以上負けなしだった某国代表が7点取られて惨敗したりする昨今、アミーゴでタコスな皆様はいかがお過ごしでしょうか。私はEURO2016を見るのが年齢的にきついし膝も痛いしなんかだるいし眠いという毎日を過ごしています。本日もJリーグにまつわるまったく役に立たない情報をお届けしますので、よろしくおねがいします。

 
さて、みなさん佐藤さんと鈴木さんについてどう思いますか?

 
待ってください、ブラウザを閉じようとするその指をあと一分止めていただけないでしょうか。気持ちはわかります。いきなり「佐藤どう思う?」って聞かれたら、「あ、こいつアレや、ドイツ映画だと無茶な前提の心理実験に付き合わされてめちゃくちゃになるパターンのやつや」って思ってすぐにフランクフルト空港に向かいたくなることはわかります。安心してください、私は全然大丈夫です。でも舛添都知事の辞任はアメリカとフリーメイソンの陰謀です。

 
話が逸れましたが、佐藤さんと鈴木さんがほかでもない今回のテーマです。ご存じのように、「佐藤」と「鈴木」は日本で1位、2位に多いと言われている苗字です。世帯数はそれぞれ40万から50万に上ると言われており、推定人口としては100万人を超えるらしいです。まさに日本を代表する苗字といえます。

私の人生でもいろいろな佐藤と鈴木との出会いがありました。

小学校の同級生だった佐藤。
高校でスーファミのソフトを借りパクした佐藤。
大学でCDを借りパクした佐藤。

中学校の同級生で「なんかシンナーやってそうな顔してる」っていう無茶苦茶な理由で体育教師に殴られてた鈴木。
離婚したくせに元奥さんに頼まれていろんな音楽フェスに車を出させられてる鈴木。
42歳になってからボール球を打つのをやめて打率がまた3割超えた鈴木。

最終的には「えー今から殺し合いをしていただきます」とリアルな鬼ごっこをさせられる始末の、佐藤。

そんな佐藤さんと鈴木さんですが、Jリーグにおいてはどのように活躍してきたのでしょうか。Jリーグも歴史が長くなり、様々な事件や記録が多くなってきているので、全体として流れを把握するのは困難。そんな時に日本最大勢力である佐藤と鈴木の活躍を切り取ってみれば一つの流れが見えてくるのではないでしょうか。本当に見えてくるだろうか、なんか見えてこない気もする、見えてきたらいいんじゃないかな。

というわけで、J1のリーグ戦に限ってその歴史を振り返ってみたいと思います。使ったのはJ League Dataです。

こちらには1999年以降のデータしか残ってないので、キリのいいところで「21世紀 佐藤と鈴木のJ1リーグ」ということでお伝えします。リーグ戦だけ、しかも出場した選手のみの記録となります!

一説によると、世帯数としては田中が今は一位という情報もあるのですが、もう佐藤と鈴木にしちゃったから田中は無視します。ごめんね、田中マルクス闘莉王。

 
有史以前(20世紀)

 
 華々しいJリーグ開幕戦で、佐藤が1人先発しています。広島の佐藤康之選手です。広島で101試合に出場して大分に移籍、その後は指導者の道に進まれたそうです。また、開幕戦において鈴木は1人もベンチ入りさえしていません。開幕時には佐藤が一歩リードしていたと言えるでしょう。他には横浜フリューゲルスに同時期に佐藤浩、佐藤尽、佐藤一樹が所属するなど「やたらと佐藤が多いクラブ」として名を馳せています。一方で鹿島所属のゴールキーパー佐藤洋平がチャンピオンシップ対磐田戦で中山雅史にボールをかっさらわれて点を決められる痛恨のミスという記憶に残る場面もありました。

 鈴木も負けていません。磐田の黄金時代を支えた鈴木秀人がストッパーとして猛威を振るい、2002年に我々に歓喜をもたらしてくれる鈴木隆行が鹿島に入団しています(20世紀は特に目立った活躍はなし)。お互い甲乙つけがたい時代と言えるでしょう。

 
2001年 佐藤寿人、鈴木啓太出陣

 この前年、21世紀の佐藤界をリードする佐藤勇人・寿人の兄弟がユースから昇格、Jリーグに昇格します。ただし後にJ稀代のゴールハンターとなる佐藤寿人は結果を残せず、千葉から移籍、しばらく流浪の選手生活となります。この頃の佐藤主力は札幌GK佐藤洋平、和製ベッカムこと佐藤由紀彦などになり、かなりの時間試合に出ています。

 ただし、数字としては鈴木が圧倒的。磐田黄金時代レギュラーの鈴木秀人を筆頭として、C大阪の鈴木悟、出場機会を得始めた鈴木隆行などが活躍しています。また、のちに鈴木界のイニングイーターとなる鈴木啓太のデビューもこの年です。

 
2002年 鈴木隆行、W杯で魂のゴール

 移籍した佐藤寿人と変わるように兄の佐藤勇人が千葉で出場機会を得始めます。佐藤由紀彦が出場機会を減らしたことで、この年の佐藤主力は札幌GK佐藤洋平です。おかげでゴールは1となり、この年は21世紀佐藤のゴール数最低記録の年となっています。

 一方鈴木は物量にものを言わせて10,000分超えを達成。前年のメンバーに加えて最後の一花を咲かせる鈴木健人、京都のディフェンスを締める鈴木和裕などに加え、新潟の左ウイング鈴木慎吾がレンタルで京都に移籍して猛威を振るっています。また1年に1回とんでもないゴールを決めるノリカルこと鈴木規郎がFC東京でデビューしています。なお、この年開かれた日韓W杯では鈴木隆行が佐藤鈴木の中で唯一選出され、あの伝説のゴールを決めています。やったぜ!

 
2003年 佐藤兄弟と清水唯一の鈴木

 この年から佐藤兄弟がフル稼働し始め、ぐっと出場時間が伸びます。また佐藤寿人が覚醒を始め、9ゴールをあげています。また、出場がなかった佐藤浩も含めると、横浜FMに3人の佐藤が在籍した珍しい年です。

 鈴木は絶賛安定しています。前年と同じ10,000分超え、ただし前目の選手が少ないので2ゴールという妙な感じです。なお、この年清水で鈴木隼人が出場し、清水史上唯一のJ1リーグ戦出場の鈴木選手となっています。

 
2004年 佐藤鈴木ともに安定の年

 仙台が降格してしまったため、佐藤寿人の出場はゼロ。前年J2に降格していた札幌がJ1に戻ってきたので、佐藤洋平がその分を補てんしています。ずっと佐藤の主力であった佐藤由紀彦が出場時間を減らす中、佐藤勇人がオシム監督の下で出場時間とゴールを増やしています。あと、地味にファンタジスタ佐藤悠介がC大阪で出場していますね。

 そして鈴木は相変わらず安泰。セカンドステージに鈴木隆行が海外から戻ってきて、5ゴールを決めています。この後も鈴木隆行は海外に出てはたまに戻ってくる鈴木傭兵枠として活躍します。

 
2005年 爆発する佐藤寿人と物量の鈴木

 J1に戻ってきた佐藤寿人が大爆発。18ゴールを叩きだしてベストイレブンに選出。兄の勇人もMFながら8ゴールと、佐藤はほぼこの兄弟で完結します。少数精鋭の佐藤です。

 対する鈴木は物量で対抗。鈴木隆行、鈴木啓太、鈴木慎吾など全盛期の選手が多く、磐田の鈴木秀人もしぶとく残っています。ただ、後ろ目の選手が多いので合計9,000分出場で10ゴールと圧倒的にゴールが少ないです。

 
2006年 佐藤クライシスと無視されるW杯

 ついにほとんど佐藤兄弟だけになってしまいました。佐藤洋平が1試合24分出た以外はすべて佐藤兄弟だけが出場しています。世にいう「佐藤クライシス」がこの年起こったのです。それでも2人で5000分出場、22ゴールは立派。

 鈴木はこの年も安定しています。傭兵鈴木隆行が海外に再び行ったにもかかわらず、この年は13ゴールと21世紀鈴木史上最多ゴールを決めた年になります。鈴木慎吾が9ゴールと惜しくも二桁に届かず。ちなみに、21世紀歴代鈴木選手でJ1で二桁ゴールを決めた選手はいません。なお、この年ドイツW杯が行われましたが、佐藤も鈴木も1人も選ばれませんでした。なんてことだ!

 
2007年 甲府、それは狙って集めたのか

 もう佐藤兄弟だけでよいのではないか、そんな気さえしていましたが、ひっそりと佐藤由紀彦がJ1に帰還しています。佐藤由紀彦はJ1ラストシーズンとなりました。

  また鈴木では鈴木慎吾がチームを移りながらも出場時間を延ばし、鈴木啓太が馬車馬のように働くといういつもの鈴木年でした。また、鈴木規郎が30試合とキャリアハイの出場試合数を叩き出しています。30試合出ているのに出場時間が伸びないというところが、「終盤の一発枠」として使われてることを示していて、彼っぽいですね。なお、ひっそりと鈴木隆行が横浜FMにいて、ちょっぴり出ています。何一つ記憶にありません。それと、甲府に鈴木健太と鈴木健太郎の2選手が同時に所属するという死ぬほどややこしい状況が起こっています。同時に出場したかは知りません。

 
2008年 鈴木啓太は労災申請すべきだった

 この年佐藤に大激震が起こります。広島の降格によって佐藤寿人が抜けてしまったのです。ついに佐藤兄弟の牙城が崩れ、佐藤軍総崩れになるかと思いましたが、それを救ったのは札幌GK佐藤優也。佐藤は何かと札幌GKに縁がありますね。

  対する鈴木は出場時間がぐっと減ります。原因はほぼ鈴木啓太。代表でオシム監督に全試合フル出場という水を運んでさらに毎食11人分の食事を作り、夜中には工場勤務するような重労働を課せられた結果、すっかり調子を崩してしまったのです。鈴木秀人もさすがにプレー時間が減り、鈴木慎吾だけが一人気を吐くという苦しい展開です。

 
2009年 佐藤史上最高の煌めきと凋落する鈴木王朝

 広島1年で昇格により、佐藤兄弟復活。この年、佐藤は久々のプレー選手5人を記録します。特に大きかったのは山形昇格に伴った佐藤健太郎の登場で、この年は出場時間2400分以上を記録。それにしたがって佐藤全体の出場時間も8000分超えと21世紀佐藤最長出場時間を記録。わが世の春を謳歌しますが、これが佐藤最後の栄華だということに彼らはまだ気づかないのです。

 鈴木はさらに数字を落としています。鈴木啓太は数字を若干持ち直しましたが、鈴木慎吾の出場時間が急激に減少。鈴木規郎が神戸に移籍して干されたのも痛い。ただ、鈴木達也がFC東京で一瞬の輝きを見せています。

 
2010年 二人佐藤とまた無視されるW杯

 なんということでしょう、佐藤はついに2人です。というか、こっからしばらく2人です。佐藤勇人のJ2行きに伴い、ついに佐藤兄弟防衛線が崩壊。寿人と健太郎の何の縁もない佐藤2人の孤軍奮闘となります。

 また鈴木も21世紀鈴木出場時間で最低を記録。鈴木啓太、鈴木慎吾と長年主力を張った2人の数字の落ち込みが相当痛い。ゴール数もたった1点とこちらも21世紀鈴木史上最低を記録。そんな中、鈴木規郎が大宮でキャリアハイの出場時間を記録しています。何があったんだ、大宮。ちなみにこの年に行われた南アW杯が開かれましたが、やっぱり佐藤も鈴木も一人も選ばれませんでした。なんてことだ!

 
2011年 続・二人佐藤とどうした鈴木規郎

 また佐藤は寿人と健太郎の2人だけです。もう付き合っちゃえ! ただ、たった2人で5000分弱、12得点というのはかなりレベルが高いです。

 一方、鈴木は若干盛り返します。鈴木啓太の復調と新潟で鈴木大輔がレギュラーに定着したこと、さらには1年で福岡が降格したことによりJ1を去ってしまいますが、鈴木惇が福岡で奮闘したということが要因になります。ただ、前年キャリアハイだった鈴木規郎が1試合7分というとんでもない記録を残しています。何があったの、鈴木規郎。

 
2012年 帰ってきた二人佐藤とほんとにどうした鈴木規郎

 山形降格によって、佐藤寿人の愛人が佐藤晃大に代わります。G大阪のジョーカーとして活躍した佐藤晃大になり、出場時間は少なくなったものの得点は増大。佐藤寿人と合わせて33得点という大爆発。21世紀における佐藤鈴木統一得点記録において最高点を叩きだします。たった2人でこの記録はまさに偉業と言えるでしょう。

 一方鈴木はぱっとせず、鈴木惇がJ2に行った分を鈴木啓太、鈴木大輔でカバーし切れず、若干出場時間がダウン。新星鈴木武蔵の登場と鈴木規郎の1試合3分という記録が印象に残ります。

 
2013年 真・二人佐藤と暗黒時代

 佐藤寿人がまた愛人を変えました。横浜FMの佐藤優平ですが、レギュラーというわけでもないので、この年はほぼ佐藤寿人1人。出場時間2,905分、得点17は立派の一言ですが、佐藤全体としては出場時間最低を記録してしまいます。

 一方鈴木についていうことはほとんどなく、去年と同じ面子が若干数字を落としているだけでした。2011から2013年は佐藤鈴木の合計が6人と21世紀史上最も少なく、「佐藤最多得点という一筋の光以外はまさに暗黒時代」と後に識者たちからは評されることとなります。

 
2014年 増えた佐藤とまたまた無視されるW杯

 4年の長きにわたって続いた「佐藤2人時代」がついに終焉を迎えます。昇格してきたG大阪の佐藤晃大、名古屋でデビューした佐藤和樹を加え、4人になりました。前年比100%増はまさに大躍進と言えるでしょう。

 それに合わせるように鈴木も出場時間を増大。鈴木啓太、鈴木大輔の両巨頭に加えて、鈴木武蔵が数字を伸ばしてきたのが助かります。さらに鈴木規郎が10試合102分というコロラド・ロッキーズの左の代打みたいな使われ方のの成績を出し、今のところJ1ラストシーズンに気を吐いています。ちなみにこの年ブラジルW杯がありましたが、佐藤も鈴木も1人も出場していません。なんてことだ!

 
2015年 さよなら鈴木啓太

 ついにここまできました。いまだに読んでいるのは佐藤さんか鈴木さんか、両者の首を虎視眈々と狙う田中さんだけだと思います。佐藤は低調ながらも安定した成績。やはり佐藤寿人がベテランと呼ばれる年になりながらも、2,000分出場して佐藤の全得点を叩きだす12得点を記録としぶとく踏ん張っています。

 一方、鈴木は鈴木啓太ラストイヤーながらもほとんど使われずという状態に陥り、がたっと数字を落としています。また、鈴木隆雅、鈴木優磨となぜか鈴木を優先的に採用した鹿島ですが、若い選手ということもあって出場時間が伸びず、前年躍進を見せた鈴木武蔵もがっつり干されてしまったので、最低記録だった2010年をわずかに上回る出場記録となってしまいました。今後の鈴木に暗雲が漂う年だったと言えるでしょう。 

総括 

 
それでは、総合的な記録としては以下のとおりとなります。

 結果として、J全体の流れなどはさっぱりわかりませんでした。当たり前です。人生はそんなに甘くありません。率直な感想としては「意外と佐藤も鈴木も少ない」と思いました。巷に溢れ返ってるのにJ1には佐藤も鈴木もそれほど多くないことを考えますと「佐藤と鈴木けっこうサッカー向いてない説」も心をよぎります。W杯にも鈴木隆行しか出ていません。そういえば中学の同級生の佐藤くんはサッカー部控えでした。鈴木はタバコが見つかって停学になってました。ただし、J2には今年「1チーム佐藤3人スタメン」の快挙を成し遂げた水戸がいるので、ここは気になるところです。

グラフを見ると、佐藤と鈴木は長期的に見れば出場機会を失いつつあります。これが自然現象なのか、はたまた何かの陰謀なのかはわかりません。これが田中と高橋で構成されるフリーメイソンの陰謀だと発表したJ博士は学会を追放になりました。佐藤寿人が刻々と大ベテランの領域に入り、鈴木も前年の大黒柱だった鈴木大輔がスペインに行ってしまったので、これから暗黒時代が続く可能性が高いです。

 次に佐藤と鈴木の対比です。人数はわずかに鈴木が勝利、試合数、出場時間では鈴木が圧倒しています。年間出場時間10,000分超えを2度記録したのも素晴らしく、ここでは軍配が鈴木に上がります。

ただし、佐藤は得点数では210と鈴木の得点数102の2倍以上を記録しており、ここでは佐藤の勝ちと言えるでしょう。こう考えると、「攻めの佐藤、守りの鈴木」という図式が浮かび上がってくるのが面白いところです。

21世紀初期鈴木の代表格と言える鈴木隆行もどちらかと言えば守備がクローズアップされるのも納得です。あくまで「攻めの佐藤、守りの鈴木」であって「攻めの佐藤、受けの鈴木」ではないことを腐女子界隈には声高に宣言しておきたいと思います。薄い本をつくらないでください。

 さて、個人で見ると、攻撃の佐藤の立役者は佐藤寿人で間違いありません。ゴール数157、佐藤の中の得点占有率74.76%、さらに佐藤兄弟だとゴール数186、占有率88.57%にまで跳ね上がります。まさに佐藤寿人こそ21世紀を代表する佐藤であり佐藤オブ佐藤と断言できます。また、鈴木の中で第一人者を選ぶとすれば、21世紀を通してひたすら機関車のように働き続けた鈴木啓太がまずあげられるでしょう。総出場時間30,251分は鈴木の中でも文句なしでトップであり、全鈴木の26.11%を占めています。まさに21世紀史上最高の鈴木、全米が泣いた鈴木と言えるでしょう。

 最後におもしろい記録として、「J1にけっこうな年数いながら、J1のリーグ戦では佐藤も鈴木も出場したことがない」というクラブがあります。川崎フロンターレとサガン鳥栖です。反佐藤鈴木勢力が権力を握った意図的なものなのか、それとも偶然なのかはわかりません。ただ、昨今勢力を徐々に減らしている佐藤鈴木にとって「我々が漕ぎ出すべき新たなフロンティア、ブルーオーシャンになるのではないか」という予測を発表したJ博士は昨年学会を追放されました。

 それでは、次は田中と高橋についての研究を絶対にやりませんので、気になる方は勝手に研究してください!それではみなさま、よい佐藤・鈴木ライフを!

 

Image on top by tupikov

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