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「小さな育成大国」アイスランドが辿り着いた理想郷

国民の98.9%が、代表チームの試合を見ている国がある。その国の名は、アイスランド。EURO2016という世界の舞台で躍進を遂げ、美しい自然に囲まれる小さな島国が起こした「奇跡」は、我々サッカーファンを熱くさせてくれた。しかしこの奇跡は、一夜にして偶然生まれたものではない。20年に渡り、広大な大地で静かに種を撒いてきた「小さな育成大国」の手によって、咲くべくして咲いた花だからだ。 

アイスランドってこれだけ小さい

 
 アイスランドの人口はわずか
33万人。日本で例えれば、福島県郡山市の人口と同じくらいとなっている。アイスランドについて、代表選手の1人であるアルフレッド・フィンボガソンは「アイスランドは素晴らしい自然を持つ国で、出来るだけそれを知られたくない。だから魅力的な響きじゃない、『アイス』って名前をつけたのさ。グリーンランドは、その逆だ。魅力的な名前だけど、行ったらガッカリする」と笑う。

Come and be Inspired by Iceland from Inspired By Iceland on Vimeo.

 
 フィンボガソンの言葉を借りれば、「知り合いの知り合いまで辿れば、国民の全てを知っているレベルに小さい国」だ。しかし、国の小ささだけに注目することは間違いだ。アーティストのシガーロス(Sigur Rós)やビョーク(Björk)など世界的に突出した才能を生み出し、フットボールにおいても、アイスランド代表のEURO2016での輝きは様々なことを考えさせる。BBCの女性レポーターAzi Farniはアイスランドのフットボールについて、「過去20年間に渡って育成や施設に投資してきた事実を見逃してはならない」と述べる。

 
欧州トップクラスの指導者教育

 
 アイスランドサッカー協会の育成部門を束ねる男は、自らも
UEFA指導者Aライセンスを保有する。育成部のトップとして活躍する41歳、ビル・グンナルソンは「アイスランドの躍進は、偶然の出来事ではない」と強調する。

実際に、アイスランドが指導者の教育に力を入れていることは有名だ。特に欧州の指導者の間では、アイスランドは「知られざる」育成大国ではなかった。国内で活躍する指導者Siggi Eyjolfssonは昨年「欧州各地から『アイスランドの育成が素晴らしい秘密を探りたい』と数えきれないほどの指導者が連絡してくる」と語っている。フランスの地でアイスランド代表が快挙を成し遂げたことで、彼は更に忙しくなるかもしれない。

 アイスランドで指導者になりたかったら、UEFAの指導者ライセンスは必須だ。UEFAライセンスの保持を20022003シーズンに義務化したことによって、全ての指導者が「少なくともUEFAの指導者B級ライセンスを保有する」という「特異な環境」が実現。現在アイスランド国内では70%の指導者がUEFAB級ライセンス、30%がA級ライセンスを保持している。

それだけに留まらず、体育教師の免許やスポーツ科学の学位を取得している指導者も少なくない。欧州でもトップレベルに優秀な指導者達が、小さな国中に散らばって選手を鍛え上げる。人口の少なさは、ある意味で「1人がトップクラスの指導者と共に過ごす時間」を長いものにしてくれるのだ。

イングランドにおいて、UEFAB級ライセンス指導者1人に対するプレー人口は11000人。育成改革に成功したドイツですら2800人の選手に1人という割合なのに対して、アイスランドは825人の選手に1

 ドイツやウェールズの様に、彼らは指導者への投資を欠かさない。全ての指導者がフルタイムで給料を得るアイスランドでは、多くの優秀な若者が指導者という道を選択する。クラブ側も一定数のライセンスを保有する指導者を雇用していない場合は、罰金を払わなければならない。

 
トップレベルの選手を育てる「幼児教育」

©iStockphoto.com/fotokostic
©iStockphoto.com/fotokostic

 

 アイスランドはさらなる「優秀な指導者と選手が触れ合う時間を最大化する努力」を欠かさない。全ての指導者がUEFAのライセンスを保有しているからこそ、子供たちはボールを蹴り始めた瞬間からトップレベルの教育を受けることが出来る。

ビル・グンナルソンは、「3歳~5歳でフットボールに出会った時、アイスランドでは傍にUEFABライセンスを保有した指導者がいる。彼らは素晴らしい能力を持つだけでなく、フットボールの楽しさを教える技術と熱意も兼ね備える。だからこそ、彼らに指導されることでアイスランドの選手達はフットボールが好きになるのだ。12歳までボランティアで、コーチングをしている両親が技術を教えている国もあるようだ。だが、そういった国は絶対に我々に追い付けない。差は、徐々に広がっていく」と語る。

そういった目線からいえば、アイスランドは早期教育に力を入れている国、ということも出来るだろう。彼らは、少ない人口を「選手11人にトップクラスの教育を提供出来る強み」として活かそうとする。幼児期から選手を育成することで個々の能力を高めるだけでなく、才能を見逃すリスクを減らすことも出来るのだ。

 日本やアメリカのようにボランティアの指導者に依存する国では、彼らの知識不足によって間違った方向に導かれ、その力を見出されない選手もいるはずだ。

一方で、アイスランドはボランティアのコーチが選手を指導出来ない状況を作り出した。まるで「小国の英雄」の様に扱われているアイスランドの選手達だが、実はボールを蹴り始めた時から英才教育を受けている。そういった意味では、強豪国の選手よりもエリートなのかもしれない。

 
国中に広がるスカウト網

 
 全ての指導者が
UEFAライセンスを保有しているということは、地域での格差も少ないということだ。彼らは国中にスカウト網を張り巡らせることで、優秀な才能を見逃さない。田舎の小さなクラブから、代表選手が育つこともアイスランドでは珍しいことではない。ヨーロッパにありがちなエピソードである「ロンドンのアカデミーに入るために、地方から上京してくる」というようなことは、アイスランドでは起こり得ないのだ。選手達は地元で家族と過ごし、自然の中で健やかに育ちつつ、トップクラスの指導者に磨かれていく。

IA Akranes6000人しか住民がいない、小さな街のクラブだ。そんなクラブは、これまでに30人の選手を海外の有名クラブに輸出している。アイスランドでは、選手を他チームから引き抜くことはない。彼らは「チームに集まってきた才能を育てる」姿勢を常に忘れていないのだ。才能を買ってくることは簡単だが、育てることは難しい。そんな残酷な事実に献身的に向き合い続けるのが、アイスランドなのだ。

イングランド戦でゴールを決めたラグナル・シグルドソンは、写真の地で育ったという。恐らく、彼の故郷は都心からは離れているはずだ。このような場所から無理をせずに通える位置にも、優秀な指導者がいること。それこそが、アイスランドが成し遂げた奇跡なのだ。

Player development in Icelandic football【動画】

https://vimeo.com/ksimyndbond/review/84367738/4a50962315

 
他の育成大国から、積極的に学ぶ姿勢

 
 イングランドも様々な大国を見習って、少しずつ育成改革に取り組み始めた国だ。しかし「育成」に関しては、アイスランドが先輩だ。彼らは「我々のような小さな国にとって、強豪国を真似るのは普通のことだ」といいながら、指導者教育の方法論を着実に他国から学んでいった。

海外でライセンスを取得し、様々な国で学んだ最先端の知識を母国に持ち帰る指導者も多い。アイスランドの指導者が「15歳までの教育なら、世界と勝負出来る」と豪語するだけの結果を残している小国は、「強豪相手でも怯まずに真っ向から戦う、アイスランド国民の気質」と「人が少ない中で生活することで育まれる組織力」の2つを兼ね備える選手を生み出していると評判だ。

アイスランドのBreidablikというチームで指導者として活躍するDadi Rafnssonは、「昨年視察に来たイングランドの指導者は、我々の育成環境を見て言葉を失った。彼は『フットボールの天国』を見つけたかのような表情をしていた」とコメントした。

 個人能力をまとめきれなかったイングランドが「組織力」を全面に押し出したアイスランドに敗北したのは、ただの偶然とは言い切れないのかもしれない。彼らの育成は、間違いなく世界のトップクラスを走っている。アイスランドの躍進を「小国の奇跡」で終わらせることは、育成に関わる全ての人間にとって「絶対にやってはならないこと」だ。彼らの奇跡は、選手達と指導者を育成する不断の努力によって成し遂げられたのだから。

 

Photo on top via huhmagazine

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About yuukikouhei

yuukikouhei
結城康平: DEAR Magazine 編集部で「KNOW」カテゴリ中心に編集、企画担当。やりたい事だけは沢山あるので、Dear Magazineと共に色々なことに挑戦していきたい。ジャンル問わずなんでも書く系。サッカー批評、Qolyなどに寄稿経験有り。今一番欲しいものは、新しいノートパソコンと可愛い小動物を飼える環境。好きなアーティストはエジンバラ出身のBlue Rose Code。

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