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知られざる、欧州フットボール指揮官教育の世界

「育成」。移籍市場が膨れ上がった近代フットボールの世界においてもなお、フットボールが発展するためにもっとも必要なことのひとつで、それは日本でも、疑問の余地もない周知の事実だ。しかし「指揮官の育成」となるとどうだろう。「育成」はなにも選手だけにあてはまるものではない。あまり多く語られることのない、日本サッカーが強くなるための「指揮官育成」のヒントを、欧州の指揮官養成の現状から探ろう。

若手指揮官の育成に力をいれる欧州クラブ

 近年、多くのフットボールクラブが若手指揮官の育成には熱心になってきており、マンチェスター・ユナイテッドではライアン・ギグス、マンチェスター・シティではパトリック・ヴィエラが研鑽を積んでいる。


 名古屋グランパスの来季指揮官が、小倉隆史氏に決まったことは大きな話題になったが、S級ライセンスを所得はしているものの、指揮官としての下積みのないチームのレジェンドの突然の指揮官就任というのは、特にここ数年の欧州サッカー界ではあまり見られなくなってきている事態だ。一方、日本代表の守備を支えた頭脳派CBであった宮本恒靖は、FIFAマスターコースの受講やバレンシアの練習視察など、将来の指揮官就任に向けて着々と知識を蓄えている。

 マンチェスター・シティは指揮官育成に慎重な姿勢を見せており、パトリック・ヴィエラはユースチームで素晴らしい実績を残した後、アメリカへ。クラブ系列のニューヨーク・シティFCの来季指揮官が決定している。UEFAの元テクニカル・ディレクターAndy Roxburghは「レジェンド選手にとって、選手のように思考してしまうことは大きな問題だ。彼らは試合を選手時代のように見るのではなく、全体図を捉えるように工夫する必要がある」と述べている。

 以前は、フットボールの世界において「小さなクラブと共に現場に出る」ことが何よりも優先されていた。アレックス・ファーガソンがEast Stirling、アーセン・ヴェンゲルがナンシーと共にキャリアをスタートさせたように。しかし、それは現代のサッカー界に必ずしも当てはまらないのかもしれない。クラウディオ・マケレレはバスティアで6か月後に職から離れ、テディ・シェリンガムも下部リーグで苦しんでいる。より「成果主義」に走り始めているフットボールの世界を見てみれば、小さなクラブですら指揮官育成の場所にはなり得なくなってきているのかもしれない。

指揮官自体が、学ぶ場所を選ぶ時代。注目を浴びる小国「ウェールズ」

 フットボールの指揮官教育は、グローバル社会によって大きく多様化したと言ってもいい。母国でライセンスを取得するというある意味「当然」となる流れも、見直されているのが現状で、それはウェールズのケースを見てみるとわかりやすい。


 フランス代表のレジェンドであるティエリ・アンリは母国フランスではなく、ウェールズのUEFA-Aライセンス取得コースに参加。母国をあえて選ばなかったという事実は、大きなニュースとして取り上げられた。彼は現在エバートンを率いるスペイン人指揮官ロベルト・マルティネスや、今季スウォンジーを率いたギャリー・モンクといった指揮官を育てたコースを選択したのである。

「自らの視点ではないところから試合を見て、他者からの意見を得たい。ギャリー・モンクのような素晴らしい指導者と話す機会があれば、それは最高だ。パトリック・ヴィエラやイェンス・レーマンからも、このコースは素晴らしいものだと聞いているよ」

「彼らの哲学とアイデンティティー、どのように試合を理解するかという部分は、私の理想に近い。フランスFAでの指導者講習という、ある意味で簡単な道もあった。しかしウェールズの哲学こそが私を惹き付けた」

 ティエリ・アンリだけでなく、清水エスパルスでもプレーした元スウェーデン代表フレドリック・ユングベリ、ソル・キャンベルなども、ウェールズでの指導者講習に参加している。最早ウェールズサッカー協会の指導者講習は、ウェールズ人の指揮官だけを対象にしたものではない。彼らは「自らのフットボール哲学」によって指導者として学ぶ場所を選ぶようになってきているのだ。それはまるで、受験生が自らの将来を思い描きながら大学の学部を選ぶように。

 イタリアの指導者講習も、英語での受講オプションが存在しているように、指導者が主体的に学びの場を選べるようになってきているのだ。ジョゼ・モウリーニョやヴィラス・ボアスがブライアン・ロブソンの推薦を受けてスコットランドでフットボールを学んだように、様々な国のフットボール観を理解することは重要だ。

 交通網の発達によって容易く移動出来るようになっていることは、彼らのフットボール哲学を作り上げる上で1つの重要な要素となっている。例えば、元リバプール指揮官ブレンダン・ロジャースは一時期スペインに渡り、自ら様々なチームを見て回ることで指揮官としての勉強を積んでいたと言う。バルセロナの名CBカルロス・プジョルと、天才MFイヴァン・デ・ラ・ペーニャも先日、トッテナムの練習場を訪れた。このように、指導者は自らのフットボール哲学を自らで作り上げるようになってきている。これは、1つの興味深い変化と言えるのではないだろうか。

 

http://www.tottenhamhotspur.com/spurs-tv/features/de-la-pe%C3%91a-and-puyol-at-hotspur-way!/

 

世界の先頭を走るドイツが掲げる、フットボール指揮官養成

 ヨーロッパのフットボール界だけにとどまらず、W杯を制覇したドイツはフットボールの世界を牽引していると言っても過言ではない。レバークーゼンを率い、ハイプレスを中心とした戦術で欧州を驚かせたロジャー・シュミットは、エンジニアとして働いていた。「エンジニアから、CLの舞台へ」。まるで映画の様なドラマチックな展開ではあるが、ドイツにはそれを可能にするシステムがある。

“Henness-Weisweiler-Akademia”(へネス・バイスバイラー・アカデミー)。名指導者へネス・バイスバイラーの名を冠する指揮官養成学校である。ヨーロッパで最高レベルの指導者を抱えるドイツがエリートのために作り出した競争力の激しい学校である一方で、彼らは様々な経歴な指導者を好んで選抜する傾向にある。興味深いことに、ドイツのフットボール界は「様々な指揮官が集まり、知識を共有してコミュニケーションすること」を重視しているのである。アマチュアやセミプロの指導者、ユースのアカデミーで育成年代を育てる指導者、そして元ドイツ代表…。様々なメンバーが机を並べ、共に学んでいる。

 80人の候補者は、最終的に3日に渡る試験を受けることになる。1日目には面接と、フットボールについての筆記試験。戦術盤を使い、現実に起きる状況をどのように解決するかを問われる。2日目は練習を計画する試験だ。相手のスカウティングレポートを渡され、次の試合を想定した練習を求められる。また、3日目には再度別の筆記試験を受けることになる。彼らは個人の能力だけでなく、チームワークも求められる。試験官はどのようにグループワークに参加するかを観察し、指揮官としての精神力を試される心理学者とのセッションもある。指導者養成コースの目的は、「24人の素晴らしい指導者ではなく、24人の指導者が作る素晴らしいグループを選抜すること」だ。

 この試験では、80人中24人のみが合格することになっている。勿論多くのエリートが揃う指導者養成コースだ。不合格者からの失望を綴ったメールが届くことも少なくないという。コースを運営するBrendan Birchは、彼らにこのように返信するという。「確かにあなたの結果は素晴らしかった。ですが、トップ24には届かなかったということです。来年の挑戦をお待ちしています」。

 現代の指導者は、よりコーチや分析スタッフと共に仕事をすることが多い。チームワークの重視は、そういった現実社会を色濃く反映している。より多様化する選手達を指揮するためには、精神的な強さも不可欠なものとなるだろう。練習を指導するセッションでは、トップレベルの指導者候補であるクラスメートから様々な質問、建設的な批判が投げかけられる。常に周りから学べる人間のみが、この厳しい競争を生き残るのである。

 

「ドイツは理由なく、多くの若手指揮官を生み出している訳ではない」

 私たちが学ぶべきは、この一点なのだろう。彼らはどのような指導者を育成するかを明確に意識し、激しい競争の中から選び抜く。元選手であってもアマチュアでもあっても、指導者としての才能があれば関係ない。そして素晴らしい指導者がいるからこそ、ドイツは次々に期待される若手を輩出している。ポドルスキ、シュバインシュタイガー、クラニーが「ゲルマン魂を失った」谷間の世代と批判されたユーロ2004から10年。彼らは、抽象的なゲルマン魂に頼ることもなく、綿密に計算された育成で世界の頂点に返り咲いた。


 指揮官養成というのは、もっと注目を浴びるべきトピックなのかもしれない。欧州で自らに合ったサッカー哲学を学び、厳しい競争を勝ち抜きながら評価された日本人指揮官が現れた時、日本のサッカーは一歩前進するのではないだろうか。

Photo credit: Ronnie Macdonald via Visual Hunt / CC BY

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About yuukikouhei

yuukikouhei
結城康平: DEAR Magazine 編集部で「KNOW」カテゴリ中心に編集、企画担当。やりたい事だけは沢山あるので、Dear Magazineと共に色々なことに挑戦していきたい。ジャンル問わずなんでも書く系。サッカー批評、Qolyなどに寄稿経験有り。今一番欲しいものは、新しいノートパソコンと可愛い小動物を飼える環境。好きなアーティストはエジンバラ出身のBlue Rose Code。

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