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“障がい児童専門”のサッカークラブを訪ねた。「トップ選手を育てるだけが育成じゃない」

2016年4月1日、日本障がい者サッカー連盟(Japan Inclusive Football Federation)が発足された。パラリンピックの正式種目であるブラインドサッカーがにわかに注目を集めつつある中で、さらなる障がい者サッカーの発展に寄与を目指す形での船出となる。トップが明確になったことで、競技の普及・理解への道筋は整いつつある。

では、実際の現場はどうなんだろう?茨城県にある、「障がい児童専門のサッカークラブ」を訪ねた。 

 
障がい児童専門のジュニアサッカークラブ

 
「バンクル茨城DFC(ダイバーシティフットボールクラブ)」は、茨城県ひたちなか市にある、障がい児童専門のジュニアサッカークラブだ。創設から5年。視覚障がい、聴覚障がい、知的障がい、肢体切断または不自由などの障がいを持つ子どもたち22人(2016年7月現在)が所属している。

 チームにはすべての軽度障がい児プレーヤーが参加する「U-12」部門、視覚障がい児スクールの「ブラインドキッズ」部門、発達障がい児・知的障がい児向けスクールクラス「ハピネスキッズ」部門の3つがあり、それぞれの障がいにあわせたアプローチを行う。

 チームの方針として、補欠なし・レギュラーのローテーション化が貫かれており、これが評価され、日本サッカー協会(JFA)の「グラスルーツ推進・賛同パートナー」に選ばれている。

 練習は土or日曜日の月に複数回、茨城県ひたちなか市周辺で行われている。同県笠間市で地元の女子チームと練習試合が行われると聞き、現地にチャリで飛んだ。体感気温35度(たぶん)。暑過ぎ。

 
サッカーの原風景

 
 出迎えてくれたのはバンクル茨城で監督を務める、大橋弘幸(おおはし ひろゆき)さん。「いま忙しいんであとでゆっくり!」と試合の準備に追われている。方々に散らばる子どもたちを集め、スタメンを決め、相手チームへの挨拶を済ませて……。

 こりゃ話を聞けるのは試合後だなと、ぼくは22人のわんぱく盛りが元気に跳ね回るグラウンドにカメラを向けた。

真っ青に晴れわたる空の下、ゴールを入れたり入れられたり。暑さもなんのその。一つのボールをめぐる青い攻防に、懐かしい景色を思い出す。

「女の子とマッチアップするとえらい緊張したなあ」

「滅多に点入れないやつがゴールするとみんなで喜んだなあ」

「試合終わりのソックスってめちゃくちゃくさかった」

 ぼくがいまだにサッカーを追い続けるのは、こういう原風景の中に理由がある気がする。

 
ダメな自分だからこそ

 

「いやーお待たせしてすみません!」

 試合後、元気に駆け回る子どもたちの傍ら、大橋さんに話を聞いた。

  大橋さんは自らを「ダメなひと」と笑う。過去の挫折がそういわせるのだろうか。かつて、鹿島アントラーズのジュニアユースチームで主力としてプレイしていたものの、次第にベンチを温めるようになり、大成はできなかった。

 その後、鹿島アントラーズのサッカースクールなどで指導する傍ら、偶然参加した障がい児童のためにサッカースクールに参加したことがきっかけで、チームの創設を思い立つ。

 自らの過去を振り返り、「トップ選手を育てるだけが育成じゃない」とその時思ったという。

「いろんな子どもたちがいる。この子たちのためにサッカーを教えたい」「障がいへの理解を、0から1に」と同時に考えたのが、一つ大きな転換点だった。

 すべてはゼロからのスタートだったが、その熱意は周囲に波及し、今では多くの子どもたちが大橋さんから学ぶ。いまでは「生まれ育った茨城のため、茨城の子どもたちのために」という思いもあるそうだ。

「3~4年後に大会に出られればいいと思ってたんですけど」

「予想以上に集まった」という子どもたちに優しい眼差しを向けながら大橋さんは笑う。

 活発な子どもたちと戯れ合い、ふざけ合い笑い合う姿。時に厳しく、時に優しく諭し、身振り手振りを交えて指示を出す姿。子どもたち一人ひとりに対して真剣に向き合うその様は、サッカーの指導者でありながら、一人の教育者のようにも見える。

 
「サッカー教えるだけじゃダメなんです」

 

「それぞれのバックグラウンドを理解できなきゃ、この分野の指導者は務まらない。サッカーを上手に教えられるだけじゃダメなんです」と大橋さん。

 それは、健常者とはまた違った配慮が必要になるからだ。コミュニケーションが著しく苦手な子がいれば、注意散漫で多動性がある子もいる。心臓を患っている子には、無理をしていないか常に注視しなくてはならない。あらゆる障がいへの理解がないと務まらない仕事だ。それゆえに、指導者が慢性的に不足している。専門のチームも少ないそうだ。

 チームに予想を超える数の子どもたちが集まったというのも、見方を変えると、それだけの需要があるのに供給が足りていない、ということになる。

 専門チームの少なさ、指導者不足。これらは業界喫緊の課題だろう。体制が整いつつあるといっても、前途が多難であることは間違いない。

 だからといって手をこまねいているわけにもいかない。

 「下から盛り上げていけばいい。こっちが目立てば上も対応せざるを得ないでしょう?」と、大橋さんはボトムアップ式での現場の活性化を目指す。

 大橋さんが話すように、障がい児童サッカーの指導は、プラスアルファが必要になる特殊なものかもしれない。しかし、これも紛れもなく「サッカーの指導」のひとつのかたちであり、必ず日本サッカーの未来を支えていくはずだ。思えば、日本サッカーそのものの発展も、ひと知れず草の根で活動し続けた数え切れない方々の尽力から始まっている。

 千里の道も一歩から、である。

 
サトシくんと交わした約束

 

「コーチはね、信頼できる!」

 チームでプレーするサトシくんはいう。

「チームでも随一のプレーヤーですよ」と大橋さんも太鼓判を押す。そして大橋さんから出た言葉が、いまでも忘れられない。

「あの子はね、いずれ眼が見えなくなるかもしれないんです」

 衝撃だった。彼が患う眼の障がいは、進行性のものだという。

「怖くない?」

 そう彼に問おうとしたが、聞けなかった。

 ロービジョンフットサル日本代表(*1)を目指す彼の未来が、明るいものであることを願ってやまない。

「そのときにはまた写真、撮りに行くね」

「うん!」

 そんな日が来てほしい。本気でそう思った。

 

*1 ロービジョンフットサル:ブラインドサッカーにはロービジョンフットサルとブラインドサッカーがある。「弱視」の状態にある選手を症状の程度によってカテゴリー分けし、自己の視力を活かして行う5人制フットサルがロービジョンフットサル。一方、ブラインドサッカーは、アイマスクをつけて完全に視力を奪われた状態で、音のなるボールを用いてプレーする。

 
サッカーを通して、成長する子どもたち

 

「あの子、街で見かけた障がいを持つひとに対して、指を差してバカにしてたんです」

 試合を観に来ていた親御さんたちに、話を聞いていたときのことだ。

「今じゃもうそんなことはありません」

確かな成長の跡が見て取れるという。

このことを大橋さんに話すと、

「ぼくを含めて、みんな変わったと思います」と返ってきた。

 たとえば、肢体不自由な子には重たい荷物を持たせない。手の空いている子が、集中力散漫な子の面倒をみるなど、自然な助け合いができているらしい。大橋さんが何もいわずとも、子どもたちが「積極的に」そうしているようだ。

 サトシくんが「なんでかわかんないけど居心地がいい」というのも、似た境遇を経てきた者同士、無意識下で理解し合えているからなのかもしれない。

 
フットボールが文化になる日

 
 サッカーが日本の文化として着々と根付き始めている昨今、その根の中には「障がい者サッカー」というカテゴリーも存在する。

 冒頭に記した日本障がい者サッカー連盟は、「日本アンプティサッカー協会(切断障がい)」「日本CP(Cerebral Palsy)サッカー協会(脳性麻痺)」「日本ソーシャルフットボール協会(精神障がい)」「日本知的障がい者サッカー連盟」「日本電動車椅子サッカー協会(重度障がい等)」「日本ブラインドサッカー協会(視覚障がい)」「日本ろう者サッカー協会(聴覚障がい)」の7つに及ぶ組織がが統合されたものである。

 障がい者サッカーと一言にいっても、これだけの種類に分かれているのだ。それぞれ、日本選手権や、世界大会も開催されている。世界大会とは言わないが、日本各地でも大会が行われているので、ぜひチェックしてほしい。

http://www.jiff.football/3

 JFAグラスルーツ宣言には、「Football for All 〜サッカーを、もっとみんなのものへ〜」ということばがある。

 健常者であろうが、障がい者であろうが、老若男女の垣根を越えて誰もが一つのボールを追う。そんな風景が日常になったときにこそ、日本でサッカーが文化となるのではないだろうか。

 そんな未来が現実のものになったとき、ぼくはそれをとても誇らしく、嬉しく思う。

 

バンクル茨城DFC
HP: http://blog.livedoor.jp/juntorir-bankuru
Facebook: https://www.facebook.com/bankuruibaraki/

Photos by Yuuki Honda

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About Honda Yuuki

Honda Yuuki
本田悠喜(ほんだ ゆうき):自転車に乗って日本一周中。気ままに放浪中。ビタミン不足中。 津々浦々、ボールの周辺で喜怒哀楽を紡ぐ人々の思いを届けるために、今日もチャリを漕ぐ。

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