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高須クリニック院長とともに、最終的に「ブラジルGO!」した話。五輪ナイジェリア支援の結末

いま、すべてを終えてリオデジャネイロから日本へ向かう機上でこれを書いている。ハイジャックとかが起きない限り、僕のジェットコースターのような1週間は終わる。そして、この奇妙な物語も、ここで終わりにしようと思う。

ちなみに相当長いので、短編小説くらいの気持ちで読んで欲しい。

 

Episode1

Episode2

Episode3

 

「一緒に行かない?リオデジャネイロ」

 

高須先生が大使館の回答がないことでブラジル行きを決め、大使館でのナイジェリア代表選手たちへのメッセージ撮影を依頼されたとき、もうひとつ聞かれたことがある。

リオデジャネイロに同行しないかということだ。

ここまで協力してくれたので、一緒に来て結末を記事にしてほしいということだった。

本当に恐ろしい世の中だと思った。そして僕は「行きます」と即答した。後になって、少しくらい考えろよ、と思った。

驚くことに、予約された航空券は2人分。どう考えても枚数がおかしいなぁと思ったら、やはり高須先生と僕の分しかチケットは確保されていなかった。秘書とか、関係者の同行は一切ないようだ。

これで「高須克弥と一般人、ブラジル1泊5日の旅」が確定した。

 

奇跡的に条件の整ったブラジル旅

 

前回の記事でもあるように、この日は大使館(もしくは大使館の目の前)で動画撮影する予定になっていたので、先生のいるホテルでブラジル行きに関する打ち合わせも行った。

ホテルに着くと、関係者が慌ただしく動く雰囲気がすぐにわかった。ブラジルに行く期間に入っているテレビ収録や取材のリスケジューリング、クリニックの予約のキャンセルなど、「えらいことになっている…」と思った。

しかし広報や秘書の方は、「よくあることだから落ち着いて対処すれば大丈夫ですよ」とのことだった。やっぱりよくあるのか…。

さて、ブラジルに行くにあたって、以下の懸念点があった。

①観光ビザの申請
②黄熱病の予防接種
③飛行機が試合に間に合うか

ちなみに、このときはもうチケットを手配したあとだ。

①に関して、ブラジルは普通は観光でも観光ビザを取得しなければならない。出発は2日後。この時点でアウトなのだが、なんとオリンピック期間中は観光ビザの取得が免除されるということだった。

②については、ブラジルは、黄熱病の予防接種をして「イエローカード」という証明書を取得し、ブラジル入国時に提示なければならない。すぐに黄熱病予防接種を取り扱う東京中の病院に連絡したが、やはりオリンピックの影響もあるのか、どこも予約がパンパンで、8月中の接種すら難しい状況だった。そもそも、黄熱病の予防接種は効果がでるまで、つまりイエローカードが発行されるまで10日かかるので、もうアウトだった。

しかし、最後に電話した検疫所が、「(ドイツの)フランクフルト経由ならイエローカード提出を求められない」ということだった。すでに手配した飛行機のチケットを確認したら、フランクフルト経由だった。奇跡。ただ、なぜフランクフルトだけいいのかはわからない。

③については、これもアウトだった。ナイジェリアの試合は3位決定戦でも決勝戦でも(このときは準決勝前)、日本時間で21日の深夜1:00(ブラジル時間で20日13:00)。手配されたチケットはブラジル時間の21日13:00に合わせたものだった。これについては即時再手配された。

大使館を通してお金を送金することを断念したため、今回の件で尽力していたプロサッカークラブオーナーの加藤さんサイドが、再度NFF(ナイジェリアサッカー協会)との調整に動くことになった。

その結果、加藤さんもブラジルに同行することになり、認識や情報を共有するために合流した。

ここまで僕たちは主にBBC記者のオケレジとの通訳を行い、情報や選択肢をテーブルの上に用意するところまでをお手伝いし、最終的にどうするかは先生に決めてもらうという、あくまでもディシジョンメイキングには関与しない(要は当事者にならない)という姿勢で動いてきた。

しかしBBC記者のオケレジが「あとは任せたぞ」となったこと、ブラジル行きが決まったことで、当事者間で認識の齟齬がないようにすり合わせをしながら動く必要があったからだ。

ここで整理しておきたいことは、この一連の出来事に出てくる以下のナイジェリア側の登場人物だ。

①NFF(ナイジェリアサッカー協会。監督のシアシアはNFF所属)
②スポーツ庁(政府機関)
③選手たち

 

今回のこの騒動は、NFF(監督給与)、スポーツ庁(滞在経費)からのダブル未払いが発生したことに端を発している。加藤さんサイドは、主に①のNFFでのルートでやりとりをしており、僕たちはBBC記者であるオケレジの提案をきっかけに③のルートで選手たちと直接的にやりとりしていた。やりとりしていた相手は、オケレジと、彼から紹介されたナイジェリアに同行しているチームスタッフ(ビデオアナリスト)のトフェという人物だ。

この段階で決まっていたのは手渡しでお金を渡すということだけ。じゃあどうやって手渡すのか?ということだ。

まず手渡すお金は現金ではなく小切手ということになった。諸々の事情で、小切手は2枚発行された。1枚は最初に約束されていた2000万円を、監督のシアシア宛てに、もう一枚は3位決定戦で勝利して銅メダルを獲得した場合のボーナス一人100万円(1900万円)を、キャプテンのミケル宛てに発行された。

じゃあ残るはどうやって手渡しする選手たちのもとへ行くのかということ。僕たちの旅程は試合が行われる当日、8/20の9:40に最寄りのベロオリゾンテ空港着だ。試合が開始する13:00に間に合うには、時間的に空港から直接スタジアムへ向かうほかない。

最寄りのスタジアムに到着→スタジアムへ行く→選手に渡す

ということは決まっていたが、じゃあどうやってスタジアムへ行って、どうやって選手のとこまで行き着くのかというところが問題だ。

まずこのとき選択肢としてあったのが、以下。

①NFFを通してオフィシャルにエスコートを受け、スタジアムへ向かい選手のところまで行く(加藤さんサイドが調整している方法)

②NFFは通さず、トフェ(選手側)がエスコートをオーガナイズし、彼が派遣する警備隊の保護を受けながらスタジアムへ向かい、選手のところまで行く

選手たちは、NFFの関与を極端に避けたがっていて、もともとは選手への直接送金を希望していた。リオでの手渡しが決まってからは、NFFは通さない、トフェの手配によるスタジアムまでのエスコートを提案してきた。

最終的には、空港内からのエスコートを含めてすべてコントロールするというNFF側の主張もあり、①のナイジェリアサッカー協会を通したエスコートを選択した。トフェはNFFのスタッフではないため、何かあったときにオフィシャルなパワーを発揮できないし、すべての責任がトフェに降りかかってしまうため、彼にとってもあまり良いことではないからだ。

今回の騒動から、協会(NFF)と選手間の関係がかなり悪いのは明白。トフェのNFFを関与させたくない気持ちもわかるが、こちらとしては確実に、安全に進めたい。そしてこの旨を伝えたきり、トフェからの連絡は途絶える。

その後加藤さんにお会いしてもう一度打ち合わせを行い、

・最寄りの空港(ベロオリゾンテ)に着いたらNFFのエスコートで、スタジアムへ行く
・その後1時間遅れてベロオリゾンテに到着する加藤さんと、スタジアムで合流
・どこで選手に渡すかは未定。NFFの連絡待ち
・現地でのエスコートは、加藤さんのビジネスパートナーであるナイジェリア人のバヨさん(これまで加藤さんサイドのNFFルートのやりとりを行っていた方)が日本にてNFFとやりとりし、連携・調整を行う

という流れで行くことになった。

僕はその後機材や出発の準備に追われた。目の回るような1日だったが、スタジアムとエスコートと選手への手渡しのアレンジメントなど、トフェの(協会を通さない)ルートが消滅したことで、僕のやることは絞られ、正直にいって安堵した。

 

そしてブラジルへ…(そして問題発生…)

 

 出発当日。本当にこの日が来てしまった。僕は海外用のWi-Fiの準備をしたかったので、早めに羽田空港に着いた。すると間も無く、「もうすぐ着く」と先生から電話が。空港でポケモンやるので、早く来たのだそうだ。ちなみに先生もこのあとブラックカードでWi-Fiをレンタルした。

 

僕らの旅程は、東京ーフランクフルトーリオデジャネイローベロオリゾンテ。僕の役目は、とにかく無事に先生をスタジアムまで連れて行き、無事に日本に送り届けること、結末をこの目にしっかり収め、みなさんに伝えることだ。

 

ちなみに直前に秘書のかたから頂いたメッセージがこれ。

 

やはり大変なことになってしまった。

 そして出発直前、ナイジェリア大使館の日本人スタッフのかたから届いた電話で、少しづつ雲行きが怪しくなる。

それは、ナイジェリア政府の公式見解として、政府・大使館(在ブラジルナイジェリア大使館)を通して空港から選手へのエスコートをアレンジしたいという申し出だった。

いまさらかよ…と誰もが思ったはずだ。完全に政府側のメンツを潰さないようにするための動きだった。NFFと調整を進めていたエスコートの状況も変わるし、大使館がどのようにエスコートをするかは一切決まっていないという。すぐさま全員で情報共有し、バヨさんにナイジェリア大使館、NFF、高須組の三者間で調整を進めてもらうことになった。

エスコートの詳細が不透明すぎるため、僕たちは遅れてくる加藤さんが到着するまでエスコート(この時点ではNFFが来る予定)と共にベロオリゾンテで待機し、合流後スタジアムへ移動するというプランに変えた。

この数日間、僕は生きた心地がしなかった。トフェが提案した案を却下し、あろうことか彼らがもっとも仲の悪い協会のエスコートを選択したわけだから、それを伝えた僕はトフェ、さらに選手たちから逆恨みされてもしかたないと思っていたからだ。

そしてなにより、「そんな大金持った日本人、ブラジルマフィアが黙っちゃいねーw」というリアクションに対し、

「ほんとそれ」と思っていたからだ。

BBCが発信したことで、ナイジェリアどころか、全世界がこの騒動を知るところとなった。

さらに、先生は自身を「つい廃老人」と呼んでいるくらいTwitterが大好きで、出発やいまいる場所、使っている航空会社など、リアルタイムでバンバン近況を報告し、模範的なツイッター民の行動をとる。

弱小Twitterユーザからすると、さすがフォロワー数10万人を超える認証アカウント。信じられないくらいの勢いでリツイートとふぁぼが乱れ飛ぶ。ただ正直僕は彼らに対して「いいね!」じゃねーよと本気で思っていた。

僕らの居場所はもうダダ漏れで、拉致し放題だったからだ。

はい、新たなカモ(左)の出来上がり。また、先生のツイートへのツイッター民のリプライを見て、まさかと思って確認したら、Twitterの位置情報設定がオンになっていて愕然とした。高度1万メートルの上空でも、GPSはきちんと働く。この旅で知った旅情報だ。

さらに、先生はもしものときのためにオフィシャルな効力を発揮できるよう、大使館から証明書を発行してもらって(先生曰く葵の印籠)、すぐにツイートしていた。勘の鋭い方ならすぐにお気づきかもしれないが、証明書には、先生のパスポートナンバーがガッツリ記載されていた

僕はもう崩れ落ちそうになって、死ぬ覚悟くらいはしとこう、と思った。そして先生は「パスポートナンバー知られたくらいなんでもないよ。ブラックカードだってしょっちゅう無くしてるしね」とのことだった。でも先生…パスポート番号さえわかれば今のご時世、すぐに便名なんて特定できるんです…。

 

しかしながら、それくらい先生はTwitterが大好きなのだ。「先生、もうこれ以上ツイートはやめましょう」と何度言っても先生はやめない。「そうだね、わかった」といっていつも安心させてくれた。だけど、やめてなかった。

漫画家の西原理恵子先生が見送りに空港へ来たとき、「この人はつい廃老人なので、ネットさえ与えとけば静かにしている」と僕にアドバイスしてくれたくらいだ。もしTwitter社の方々がこれを見ていたら、絶対にPRに先生を起用すべきだと提案したい。先生がどれくらいTwitterが好きかを僕がプレゼンしにいく。

ちなみに僕がスタジアムに着くまではSNSでの発信を一切やらなかったのは万が一を考えてだったのだが(責任回避のためということもある)、それが徒労に終わったのはもういうまでもない。

 

機上でも問題発生

 

さらに僕らを混乱させたのは、機上で高須先生が受け取ったオケレジからのDMだった。

Name: Katsuya Takasu
Passport no: TR••••••••••••
Date of Birth: January 22, 1945

They need
Passport Expiry and start date,
It’s needed to get him the pass from fifa online.
he pass from fifa online.

 

僕らの誰もオケレジには旅程の情報共有などしておらず、NFFを通してエスコートしてもらう旨を伝えて以降、しばらく連絡は途絶えていた。高須さんへオケレジ個人がコンタクトをとったのもこれが初めて。パスポート番号は前述の通り、すでに全世界へと向けてモロバレだったが、その番号を使って誰かとやりとりをし、さらにパスポートの発行と有効期限が必要?FIFAが関わるやりとりは今回のやりとりでは一切出ていない。

オケレジが怪しい、ということは簡単には言えないが、全員がわからないことだらけで不気味すぎたため、念のためオケレジとトフェの居場所を特定するようにバヨさんが大使館やNFFと調整することになった。

そしてリオデジャネイロに到着しても大使館からエスコート方法の連絡は来ず、エスコートに来る予定となっていたNFFからの、加藤さんサイドへの連絡も途切れたのだった。

 

リオデジャネイロに到着(税関、ターミナル移動)

 

 移動中、最大の難関はリオデジャネイロでの国内乗り換えだと、僕と高須先生は考えていた。

まず入国時に税関で約4000万円(39万ドル)の小切手を申請しなければならない。向こうにとっては海外から持ち込まれる、異常に得体の知れないお金。没収だって起こりうるし、関税がかかるかもしれない(先生にとっては没収・関税くらいなんともない)。

もう正直僕にはなにが起きるかわからなかったが、ここでしっかり事情を話して、先生がナイジェリア大使館から発行した証明書にすがるしかない。

もう一つは、リオデジャネイロでの国内線への乗り換えだ。入国後、ターミナル間の移動があり一般人も入れるため、僕たちも「拉致られるとしたらここだよな」という考えだった。

ベロオリゾンテ(スタジアム最寄りの空港)では、エスコートの詳細はいまだ不明といえど、エスコートが来ないということはないだろう(多分)。リオデジャネイロでのエスコートの依頼も出していたが、大使館側からの返信が全くないため、完全に僕たち個人で乗り切らなければならなかった。

まず、税関にいって、税関の申請書はどこで書くのかと聞くと、500ドル以下は申請の必要がないからあっちいって入国しろ。といわれる。500ドルとかいう問題じゃねーんだよこっちは、と思いながら、「それ以上だ」と伝えると、別室に連れて行かれる。

対応してくれた税関の職員は、不運にも英語があまり通じなかったが、システムに申請内容を入力するときに、金額を見て目の色が変わった。するとすぐさま偉い人が出てきて、ナイジェリア大使館からの証明書を出して事情を話すと、すぐに通してくれた。

そして職員用通路などの安全なルートでターミナルを移動できないかと交渉したが、そのときは早朝だったため、決定権を持つ人物が不在で難しいということだった。ターミナル間の移動はそこそこの距離だが、施設内だし絶対に安全なの大丈夫だといわれる。仕方ないので、僕たちは自力でターミナル移動をすることにした。

ちなみに、このときたまたまその場にいた旅行者がポルトガル語での通訳をしてくれたのだが、事情を話すとやはり今回のことをニュースで知っており、「ここにいるのがその人だ」というと、「まじかよ…」と驚いていた。そして「ブラジルにはなんで寄付してくれないんだ?」とふざけるのも忘れなかった。

空港内は税関職員が言った通り、思いの外安全な雰囲気で、なんの問題もなくチェックインをすることができた。杞憂に終わって本当に良かった。

 

 話は逸れるのだけど、もしかしたら相当に失礼になるのかもしれないが、高須先生は僕にとってじいちゃんみたいだった。しかもすごく刺激的な。

積み重ねた年齢からだけでなく、普通の人間では足を踏み入れることのない世界を沢山見てきて、世界中を飛び回るじいちゃんから出てくるぶっ飛んだ話は、本当に最高だった。LINEのプロフィール画像がダライ・ラマと写っている写真の日本人はこのひとくらいなのではないだろうか。こんなに面白いじいちゃんがいるのかと思った。ちなみにその中の半分くらいは、ここではいえない話だ。でもこの旅行の間に本当にいろんなことを教えてくれた。

だから、高須クリニックのお金持ちの先生、というより、この面白いじいちゃんにもし何かあったら、すごく悲しいな。と思った。この旅中はその一心だった。だから、このとき僕は心の底から安堵した。

そんな僕をよそに、先生はブラジルで終始こんな感じだった。

 

いうまでもないが、ここには約4000万円の小切手が入っている。

 

ついにベロオリゾンテ到着

 

そしてようやくベロオリゾンテに到着。リオを発つ直前に、在ブラジルナイジェリア大使のアダムさんというひとが迎えにくるという連絡が入っていたため、

①大使館&NFFの両サイドの人間が迎えに来る
②僕たちと空港で合流後は、①の両者でベストな方法を協議しエスコートする

という認識で動いていた。

到着口に着くと、オリンピックのオフィシャルスタッフが僕たちを待っていて、出口で◯◯というひとが僕たちを待っている、といった。聞かされていない名前だった。

あまりにも情報が右往左往していたし、慎重になっていたため、知らされていた人間以外の発言は全部嘘だと思っていた。なので、「こいつはオフィシャルのシャツを来たマフィアかもしれない」と感じ、わかった、とりあえず荷物をピックアップする、と伝え、無視して進んだ。

しかし出口には、知らされていない人間がたくさんいて、「ブラジルへようこそ!」と僕たちを迎え、取り囲んできた。もう全員怪しい。

アダムと名乗るひとが出てきたが、事前に大使館のページをググって把握していた顔と違う。そもそもNFFの人間も来る、ということを僕らは聞いていたのに来ていないし、彼らは知らないという。

そのまま半信半疑の状態でVIP室まで連れて行かれる。このときのVIP室までの道のりのきな臭さといったら半端ではなく、本当に怖かった。

いろいろ話すと本物の大使で、アダムさんということがわかった。画像はただのフォトショ補正だったのかもしれない。

しかし、別室はピリッとした空気で、北野武作品でよく見たことのある光景だった。このとき集まっていたのは、ナイジェリア大使、ナイジェリアスポーツ大臣ナイジェリアオリンピック委員自衛軍の将軍 etc…もう何といっていいかわからない状況だった。

ちょくちょく別室にいって密談をしているし、いろんな人間が出たり入ったり、耳打ちしながら会話したりと、ただならぬ空気であることに変わりはなかった。

さらに、追い討ちをかけるように、NFFから、やっぱり協会を通してシアシアに小切手を渡すことはできない(ミケルは問題ない)、というまさかの連絡が入った。ちなみに、小切手というシステムは宛名以外の人間は引き出すことができない。つまり、今回のお金をすべてリオで渡すには、ミケルとシアシアに渡すしか方法がないのだ。

 

結局、どう選手のもとに辿り着くのかも不明なまま、加藤さんと合流し、スタジアムへ向かった。NFFの人間は結局来なかった。

 

やっぱりもうひとトラブル

 

僕たちは大使館の車に乗り、警察の完全護衛のもとスタジアムへ向かった。

まず向かったのは、関係者証明書の発行。しかしここでまたトラブル。

NFFを通して確保していたはずの招待席だったが、なんとシステム上に先生の名前しかないという(なにがどうしてそうなったかわからない)ミスが発覚した。これでは中に入れることができないという。揉めに揉めた結果、こちらで保険として用意していたチケットがあるので、それで貴賓席にいくという、よくわからない落とし所となった。

そして、VIPルームには、なんとトフェがいた。普通に元気だった。再度トフェルートを再構築して、選手のとこにいけないかと彼に交渉した。

すると、「大使にいってくれ。彼は本当に信頼出来る。彼が選手のところまで連れて行ってくれるはずだ」

え?ここで大使とトフェ(選手サイド)が繋がってる?

これは完全に推測に過ぎないが、NFFが僕らのエスコートに来なかった理由が少しわかった気がした。協会がメンツ争いで一歩引いたということなじゃなかろうかと。オリンピックオフィシャルのゲストリストに僕らの名前がなかったのも、NFF側の嫌がらせなんじゃないかと少し思った。

アダム大使に話すと、試合後に、選手が滞在しているホテルに連れて行ってくれるという。

これですべてが整った…。

 

もうあとは、楽しむしかない。そして、ナイジェリアの選手たちの勝利を信じて応援するだけだ。

 

本当に、オリンピック観戦。

 

 試合はというと、もうハラハラしかしなかった。高須先生も「はやく終われ…はやく終われ…」と繰り返していた。僕も、今回ナイジェリアに対する感情移入は凄まじかった。今回の件に関わって、感情移入するなという方が無理だ。

3点を取って盤石かと思いきや、アフリカ勢お約束の途中で集中、スタミナが切れるという展開で、ホンジュラスが勇敢だったこともあって1点差まで詰め寄られる。

しかし、ナイジェリアは逃げ切り、銅メダルを獲得した。感無量だった。ピリッとした雰囲気だった大使館関係者も、こどもみたいにはしゃぐ。あぁ、やっぱりサッカーっていいなぁ。

僕たちはその後、一足先に選手が滞在するホテルに向かい、選手たちが戻るのを待った。

 

緊迫のミーティング、狩られそうになる僕

 

 しばらくして、選手がホテルに戻ると、僕らはすぐにこの旅何回目かの別室へ連れていかれ、大使、スポーツ大臣、監督のシアシアらと高須先生、加藤さん、僕でミーティングが行われた。

内容は、今回の経緯や高須先生の意思の確認と、実際にどうやってお金を引き出すのかということだった。

さっきあんなに無邪気でフレンドリーだった彼らが、いざお金の話になると、いきなりウサギを目つきだけで狩れそうなドスの効いた表情に。高須先生に感謝の意は惜しまない一方で、通訳する僕に物凄い形相で迫る。本当にやめてくれ。

もう、これまでにやった通訳の中で一番しんどかった。

 

 今回の寄付、シアシア宛の2000万円は、これまでの未払い金を含んでいるので、協会が危惧している、選手側が「これは寄付だから、別途未払い分も請求する」と主張しないようにシアシアに念押しし、小切手だからここで手渡さないと、もう無理よ?日本に帰ってもう一回手続きするということはしない。仲良く分け与えてくれ。ということを何度も伝えた。

最終的には納得してもらい、ついに、ついに、選手たちに小切手を渡すときがきた。

 

ついに4000万円手渡し!しかし最後にまさかの展開

 

 通された部屋には、さっきまで試合を終えた選手たちが揃っていた。

ミケルとシアシアが前に出て、高須先生はスポーツ大臣にまず手渡して、彼の手からミケル、シアシアに小切手を手渡された。わざわざスポーツ大臣を挟んだのは、彼のメンツを保つためだ。

そして、おめでとう!という言葉をナイジェリアの3つの部族の言語でそれぞれ話した。

よかった。本当によかった。お金、渡せて本当によかった。ナイジェリア、勝ってくれて本当に嬉しかった。ここで、トフェはじめチームと直接やりとりをして、信頼関係を作れていて本当によかったと思った。

しかし、だ。

これで終わるかといったら、やはり今回の流れからすると、もうひと波乱くらいはあるはずだ。

 

そう、ミケル宛の小切手のスペルが間違っていた。

 

最後の最後まで、とことん今回の旅らしかった。ナイジェリア人は本名と外での名前を使い分けることがあるらしく、大使館で小切手を発行したときも、大使館職員はその点を不安視していた。

僕はミケルと高須先生、加藤さんとどうするかをガチで話し合った。ミケルの口座に直接送金も提案されたが、ミケルはチェルシー所属なのでイングランド在住。入った1900万円は半分くらいTAXで持っていかれてしまう、とのこと。

とりあえず、一度ナイジェリアで試してみて、ダメだったら連絡する、とのことだった。ミケルはナイジェリアではスーパースターで知らないものはいない。周りの意見によると、「多分大丈夫」というものだった(それもそれですごいが)。もしダメであれば、発行した日本の銀行側にミケルの本名を申請すればオーソライズできる可能性が高いという。

そんなこんなで、ダメだったときの連絡先として僕の名刺をミケルに渡して、ナイジェリアの選手たちの元を去った。

そして去り際に、ミケルが声をかけてくれた。

「今回、君にも本当に感謝してる。ありがとう」

もうすべてが報われた気がした。そして、「4年後、東京で会おうよ。君ならできるでしょ?」と答えておいた。ミケルは笑って僕を見送ってくれた。

 

この旅を終えて

 

 僕は今ウェブメディアの編集長をやっているので、日頃編集者を名乗っている。ただ編集者とは一体何なのかは正直まだわらない。(今回の件でより)

編集者、ジャーナリスト(自分のことをジャーナリストだと思ったことはないけれど)としてどうなのかといえば、今回の関与の深度としては完全にNGなのだと思う。

普通の人間が中途半端な知識で足を突っ込むと良くないことが起こるのは明白だし、情報を伝える側として、諸先輩方からお叱りを受けるかもしれないし、僕が関わったことが正しいのかといったら答えはわからない。

実際にこの件に尽力された加藤さんはじめ、多くの方に多大な迷惑をおかけしている。

基本的に選択肢を用意するところまでというスタンスの僕たちが、あれよあれよというまに完全に当事者になってしまうと、それは長期的なナイジェリアの発展を考えている加藤さんたちとは当然意思決定の際の動機にずれが出てくる。そしてそれは最悪のケースになる場合もある。

本来は加藤さん、僕らが2つ同時に何かしらの動きをしている、というのがわかった時点で、スピード感が求められるケースだったとはいえ、早い段階でコンタクトを取り合いすり合わせながら進めるべきだった。

今回尽力された加藤さんのブログでも、加藤さんサイドから見た今回の「高須ナイジェリア事件」の真相がわかる。是非読んで欲しい。

高須ナイジェリア事件の裏側 
http://blog.livedoor.jp/katoakihiro/archives/65016647.html

続・高須ナイジェリア事件の裏側
http://blog.livedoor.jp/katoakihiro/archives/65084886.html

完・高須ナイジェリア事件①
http://blog.livedoor.jp/katoakihiro/archives/65156089.html

完・高須ナイジェリア事件の裏側②
http://blog.livedoor.jp/katoakihiro/archives/65163048.html

 

 

インターネットが作り出す「動き」

 

「こんなことになるとは思わなかった」の、今回は無事に終えることが出来たパターンだと思う。しかし、誰もが知っているとおり、逆もある。今回も一歩間違えば、恐ろしいことになっていたかもしれない。

ただ、どこよりも、僕の大好きな、ネットメディアらしいやりかたができたと思っている。

今回は完全に当事者側に回ってしまったが、それでも僕は今回の一件を一貫して「取材」と考えている(完全に逸脱してはいるが)。

僕は取材を「体験」だと思っている。そしてそこには出会いがある。だから取材対象をいちいち好きになるし、思い入れが強くなる。

みなさんがいつも出会う記事の裏側には、対象との人生に触れることによって、書き手にも同じく「出会い」があり、「体験」があり、そこから生まれる「新たな繋がり」がある。

そして編集者の仕事は取材対象から情報を受けそのまま発信するだけでなく、コンテンツを生み出し、こちらから仕掛け、「何かを動かす」ことだと生意気にも思っている。だから、所属のライターがこの話をふとした時に、迷わず記事化しようと思った。できるだけ、誰よりも近く、深く、早く見届けたかった。

そして今回は、インターネットがきっかけで、僕自身も、サッカーの素晴らしさを改めて、身をもって、感じることができた。

やっぱりサッカーはやめられない。

世界一周をしていたとき、ワールドカップのとき、諸事情で断念した経緯もあってブラジルに行くのは夢だった。オリンピックを見るのも夢だった。

そしていま僕は、ナイジェリア代表という友人に出会い、リオデジャネイロにいき、オリンピックの舞台をこの目で見ている。

 
サッカーは夢を叶えてくれる。

 
深夜のオフィスにミケルからテレビ電話がかかってくるなんて。

この目で2000万円の現金を目にするなんて。

高須先生と5日間付きっきりで旅をするなんて。

ナイジェリア大使館で、選手のホテルで交渉の場に立つなんて。

 

こんな日が、来るなんて。

 

1週間前は思いもしなかった。出会ったひと、この目で見たもの、新しく知ったこと。どれを思い返しても最高に刺激的で、恐ろしくて、素敵で、ジェットコースターのような1週間だった。一緒に旅のお供をさせてくれた高須先生には本当に感謝してもしきれない。

 

そして、機上にいるいまでも、まだ夢の中にいるようだ。

でも夢は醒めなければいけない。

次の出会いもあることだし、そろそろ終わりにして、

夢から醒めるために、少し、眠りにつこうと思う。

 

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About Takuya Wada

Takuya Wada
和田拓也: DEAR Magazine編集長。バンドマンやらシステムエンジニアやら世界1周を経て、NYのデジタルマガジン、HEAPS編集部でインターンシップとして勤務し、企画から取材、執筆を担当する。その後、DEAR Magazineを立ち上げる。カレーと揚げ物が3度の飯より好き。

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