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「暗黒の3分」、「金州の涙」。サッカー中国代表、凋落から復活への道のり

現在、中国サッカー界に流れ込む巨額の資金。華やかでセンセーショナルな話題が多い中国スーパーリーグ。

しかしこの中国リーグの勢いは、「代表強化」にはどのように繋がっているのだろうか。

W杯予選においてポジティブなパフォーマンスを見せた、「龍」の愛称で親しまれる中国代表。長く眠っていた龍に、目覚めの時が訪れたのだろうか?今回は、「サッカー中国代表」について、みなさんに知ってもらいたい。

 

「ドーハの悲劇」と「金州の涙」。 サムライブルーと龍の共通点と、異なる成長曲線

 

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 中国の代表チームは、非常に熱狂的なサポーターによって支えられているが、彼らは世界で最も長い時間苦しんでいるサポーターでもある。

中国代表は、1980年代から国際大会に参加しているが、幾度となく大事な試合を落としてきた。

2004年以前、中国国内では中国代表をトッテナムと比べる人も少なくなかった。非常に期待されるチームにも関わらず、大切な試合に勝ちきれない。2004年を過ぎると中国代表は急激に停滞期に陥り、以前のように期待出来るチームですらなくなってしまった。

1985年の5月19日、イギリス領だった香港に中国は2-1で敗れ、1986年W杯の夢は眼前で消えた。暴動も発生したこの試合は、長き停滞のきっかけに過ぎなかった。「最終戦で、何故か勝てない」という呪いは中国代表を蝕んでいく。W杯、アジア杯、オリンピック。中国では、「暗黒の3分」と呼ばれる時間がある。中国代表は負けられない試合に限って、1点リードの状況で「3分間集中を失って、簡単に2失点してしまう」のだ。

「龍」と呼ばれるチームと「サムライ・ブルー」には、幾つかの共通点がある。日本ではプロリーグであるJリーグが1993年に発足、最初のW杯を目指したが「ドーハの悲劇」 によって阻まれた。その後フランスW杯に出場し、彼らは悲願を成し遂げる。

 一方、中国リーグは1994年にプロリーグとして発足。フランスW杯を目指した黄金世代は、「金州の涙」と呼ばれる悲劇を経験する。イランに対して4失点、金州で行われたカタール戦では2-3で敗れ、フランスW杯まであと「勝ち点2」に迫りながら結果的に運命は中国を阻んだ。

悲劇を経験した中国代表は、日本のように雪辱を晴らす。2002年W杯、日本と韓国が開催国として自動的に本大会出場を決めたことや、サウジアラビアとイランを最終予選で避けられたことにも助けられながら、歴史上初めてのW杯出場を成し遂げる。国中が歓喜に震えた日々は、今でも多くのサッカーファンにとっての最高の記憶だ

しかし、呪いを打ち破るかと思われていた歴史的な偉業は「一度だけ」の成功となる。日本が5度のW杯出場を成し遂げる一方、中国は1度のみ。2004年から続く呪いは、未だに中国代表を縛り付けている。

 

中国サッカーの凋落

 

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 歴史とは、ユーモアのようなものだ。中国の落下は、7-0の勝利から始まった。2004年の11月17日2006年W杯予選において、中国はホームで香港を迎える。最大のライバルだったクウェートがマレーシアに向かったこの試合は、複雑な関係性によって成り立っていた。中国とクウェートの得失点差は2点、マレーシアが同じムスリムであるクウェートを助けたいと思う一方、香港は中国の1位突破を願っていた。

中国は7-0で香港を圧倒し、クウェートは6-1でマレーシア相手にリード。中国はスタッフをクウェート戦に送り込み、情報を得るためにやり取りしていた。しかし、彼らのコミュニケーションはスムーズに進んでいなかった。

中国のスタッフは情報を勘違いし、「7-0のままで突破できる」とチームに通達。中国のチームは攻撃することをやめて試合終了を待ったが、終了してみれば総得点の差でクウェートが突破することになってしまったのだ。

この馬鹿げた勘違いから、中国の凋落が始まる。2004年の八百長騒ぎは中国リーグの評判を地に落とし、子どもにサッカーをプレーすることをやめさせる両親も増えた。

日本や韓国が育成に力を入れる一方、サッカーをプレーする中国の子どもの数は2004年を経て以前の10%にまで急落。最も酷い時は、U-18代表でプレーする権利を持つ選手が300人に満たなかったこともあった。

同時期、日本にはU-13世代でさえ117のチームがあったという。23人の選手を250人から選んでいた中国の状態では、結果が出ないことも不思議ではないだろう。レアル・マドリードでも指揮したカマーチョが指揮していたにも関わらずタイ代表に5-1で完敗した試合は、中国代表にとっての屈辱だ。

スキャンダルに伴う関心の低下だけでなく、サッカーの専門家を無視する傲慢さも中国代表を阻んできた。中国サッカー協会は多額の資金を投じて海外の監督を何度となく獲得したが、成功例は少ない。議論を呼んだカマーチョの招聘と失敗も、政治的な価値観や商業的な圧力によるものだった。

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About Zhi Zheng

Zhi Zheng
英国在住時に37のグラウンドを訪れ、アマチュアや下部リーグを観戦した中国出身のセルティックファン。プロのライターとして中国の新聞などに寄稿しており、記事を評価されたことで公式にセルティックから試合に招待された経験も。グラスゴー大学の大学院出身で、結城康平の友人でもある。

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