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Photo by Tsutomu Takasu / CC BY 2.0
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未来を先取りしていた、岡田ジャパンの戦術

日本代表の元監督である岡田武史氏がオーナーを務めているFC今治がJFLへの昇格を決めた。

「世界で日本人が勝つための型を作る」という彼の壮大な夢に向けて、確実に第一歩を踏み出した言えるだろう。

 日本代表を指揮していた頃も、彼は理想とする日本人の特徴を生かすスタイルに強いこだわりを持っていた。2010年の南アフリカW杯では、土壇場での戦術変更に踏み切った岡田監督の「決断」と、それがもたらした成功は大きく賞賛された。

しかし、彼が戦術変更を決断する直前まで「目指していたもの」については語られることは多くない。

岡田監督がW杯直前に捨てたものは、果たして本当に間違っていたのだろうか?

 

時代を先取りした「接近・連続・展開」

 

2010年のW杯直前に戦術を変更し、守備的なサッカーで大きな結果を残した。その事実のみがクローズアップされがちだが、岡田監督が本番直前まで追い求めたアプローチは必ずしも前時代的であった訳ではない。

そこで鍵となってくるのが、岡田監督が掲げたスローガンの1つである「接近・連続・展開」だ。近い位置で細かいパスを繋ぎ、逆サイドに展開する。いま考えてみれば、これほど時代を先取りにしたアプローチもない。

距離感を圧縮し「接近」することでパスを奪われるリスクを減らしながら、一方でテンポを上げていくようなアプローチは、ポゼッションを重視するフットボールの常識となった。

狭いスペースでボールを正確に扱うスキルはバルセロナの基礎となる「鳥かご」によって磨かれる。距離の近い位置でパスを回すことによって、互いにコミュニケーションを取ることが容易となり、即興的な攻撃が可能となる。

「展開」に関しても「接近」は試合の流れを大きく変化させる崩しのフェーズで欠かせないものだ。ペップ・グアルディオラの師として知られ、現在セビージャのアシスタントコーチとして活躍するマヌエル・リージョは、「ポゼッション・フットボールの基礎となるのが、狭い位置に人間が集まってパスを繋ぐことによって広いスペースを作り出すことだ」と語る。密集によって相手のゾーンを極端に偏らせれば、逆サイドに生まれるスペースは広大だ。

また、「連続」というコンセプトによって「切り替え」と「継続性」を意識させることも、展開の速い現代のフットボールには不可欠だ。

グアルディオラは、ドイツのバイエルン・ミュンヘンにおいて「アイソレーション」を活用した。片方のサイドに人間を集めて攻撃を組み立てることによって、逆サイドに置いた突破力のあるウイングを孤立させ、そこを最終的な崩しへと繋げるのだ。

 

正しかったコンセプトと、現実の壁

 

 そういった意味で、岡田監督のコンセプトは現代的なものだった。しかし、ピッチ上では理想は実現されなかった。

誤算としては、「接近」・「連続」のところでボールを的確に繋げる選手が少なかったことだろうか。特に前線の選手が絡むパス回しはスピードを意識し過ぎて雑なものになりがちで、その段階で崩せるような場面は少なかった。

それこそ岡田監督の代表に大島や香川のようにスモールスペースでボールを扱うことに慣れたMFや、今の岡崎のようにパス回しに器用に参加出来るFWが揃っていれば、全く違う完成度のチームになっていただろう。

「展開」を一手に任されたのが中村俊輔だったことも、相手に読まれやすくなる原因となってしまった。正確な長いキックを供給出来て、逆サイドの状況まで把握する視野を兼ね備える選手は代表でも彼くらいのもので、展開の部分は中村に極端に依存していた。

それでも、何度か見られた右サイドのパス回しに参加した中村からの正確なサイドチェンジに長友が飛び出すという「両サイドバックが同時に高い位置へと進出するリスク度外視の仕掛け」も、完成した時の絵を思い浮かべるとワクワクするものだった。

実際、当時は無謀に見えた両サイドバックの同時オーバーラップも今や珍しいものではない。トッテナムでは、右サイドバックのウォーカーが蹴り込んだクロスボールに左サイドバックのローズが飛び込むこともある。

W杯前の方向性変更により、中村俊輔がレギュラーメンバーから外されたことも「展開」というコンセプトを捨てたことに起因している。片方のサイドで密集を作って、逆サイドへの展開を狙う形を諦めたことによって、運動量が落ちてきていたMFの居場所は失われた。

 

現在の「常識」となった、かつての無謀な守備コンセプト

 

「背の低い日本代表のFW陣の献身性と機動力を活用した」前から追い回すプレスは、当時は無謀なものと考えられていた。岡田監督がこの「大胆な守備戦術」へと舵を切った背後には、当時の日本代表にコーチとして参加した大木武の存在があった。

「長い距離を走れなければスモールスペースでやればいい。背が大きくないのでロングボールを蹴られたらやられるというなら、前からプレスをかければいい。簡単だと思うんだけどな、俺だけかな?そんな単純に考えている奴は」

異端の攻撃サッカーを展開したことでセリエAに衝撃を与えたチェコ人指揮官ズデネク・ゼーマンが掲げた思想「ゼーマニズム」に衝撃を受け、当時ゼーマンが指導していたラツィオの練習を見学した彼の思想は、ゼーマニズムが目指した「密集からのハイプレス」の実現を目指すことへと繋がっている。そして、それは攻撃における「密集」と相互に関連する現代フットボールの基礎を捉えたものだった。

ヨハン・クライフの言葉を借りれば、「バルセロナは10mよりも短い距離でパスを回すので、ボールを失ったときに10m走る必要がない。だからこそ、時間をかけずにボールを取り戻すことが出来る」ということだ。そして、バルセロナとヨハン・クライフの概念はペップ・グアルディオラによって磨かれてドイツの地へと渡る。

今や「ゲーゲン・プレッシング」は1つの流行語となり、ドイツの若手指揮官は相手が強豪であっても果敢に挑みかかり、高い位置からのプレッシングで息の根を止める。「無謀」と一蹴されていた岡田監督のコンセプトは、現在ヨーロッパにおいて「常識」となっている。

 

誤算だったのは、「アプローチ」

 

 しかし、前からのプレッシングにおいても「アプローチの面で大きな誤算があった」ことは紛れもない事実だ。1つは岡田JAPANが、「2トップ」か「1トップ+トップ下」を基本的に採用していたことにある。

基本的に4人が並ぶ相手のDFラインに対して2人の選手が「42」の数的不利な状態でボールを追い回す。こうなってしまうとボールが取れず、前線の選手を無意味に消耗させるだけになってしまった。

現状の共通認識として、基本的に4バックに対してはフォーメーションを問わず「3人」での前プレスが理想となる。レスター・シティは前からボールを追う際に、両サイドのMFのうち片方が高い位置を取り、2トップと連携してプレッシャーを強めることでプレミアリーグ優勝を成し遂げた。4人のDFが問題なく状況を把握出来ている状態の時、2人で追いかけるくらいなら体力を温存して帰陣した方が安全だと言える。そういった「枚数」の設計が失敗したことに加え、プレスのスイッチを入れることが出来るFWの不在は大きな問題だった。

 

間違ってなどいなかった、岡田JAPANの「コンセプト」

 

「正しかったコンセプト」を「アプローチの失敗」で実現させられなかった岡田監督は、全てのコンセプトをW杯直前に捨てる。阿部を中盤の底に配置してきっちりとブロックを作り、前線においた本田圭佑に長いボールを放り込む。急場仕込みのリトリート守備は、近年の日本代表で最も堅牢な守備組織となった。

中澤・闘莉王のCB陣は、海外の強靭な肉体を誇るアタッカーを容赦なく跳ね返し、両サイドのアタッカーは献身的に守備に参加する。直前の戦術変更にも拘わらず組織を整備したことは、彼の腕前を示すものだろう。日本のメディアもW杯前に方針変更し、結果を出した岡田監督を賞賛した。

しかし、世間では「間違ったコンセプトにこだったことでチームを追い込み、最終的な戦術変更という『決断』によって結果を残した」という評価が大半だったように思える。実際は、彼が取り組んでいたコンセプトは間違ってなどいなかった。

今になって見返してみれば、彼は「欧州の最前線」を先取りしていたのである。アプローチが正しくなかったことで結果には結びつかなかったものの、今こそ彼の戦術的アプローチを「再評価すべき時」なのではないだろうか。

イングランド人記者が自国のメディアについて「盛り上がった試合、大会が終われば指揮官の仕事について全てを忘れてしまうメディアこそ、イングランド代表が結果を残せない原因の1つだ」と自嘲的に述べたことがある。日本代表がそうならないために、私たちに求められるのは過去を学び、再評価することなのかもしれない。

 

Photo on top by Tsutomu Takasu / CC BY 2.0

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About yuukikouhei

yuukikouhei
結城康平: DEAR Magazine 編集部で「KNOW」カテゴリ中心に編集、企画担当。やりたい事だけは沢山あるので、Dear Magazineと共に色々なことに挑戦していきたい。ジャンル問わずなんでも書く系。サッカー批評、Qolyなどに寄稿経験有り。今一番欲しいものは、新しいノートパソコンと可愛い小動物を飼える環境。好きなアーティストはエジンバラ出身のBlue Rose Code。

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