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将棋とサッカー。羽生善治とペップ・グアルディオラ。天才と天才。

「天才の中の天才の中の天才」。スペインの生んだ名将ペップ・グアルディオラと、日本の大棋士である羽生善治。2人の奇才は、それぞれが生きる頭脳労働の世界で異質な輝きを放っている。2人の共通点が、何かを教えてくれるのかもしれない。 

 2つの生きる伝説

 

 頭脳労働に特化した人間が集まる将棋の世界においても、羽生善治は生きる伝説だ。七冠を達成するという大偉業を成し遂げ、未だに将棋界の頂点に君臨する大棋士を正しく言葉で表現することは難しい。多くの実力者が揃った羽生世代は、彼を中心として将棋の世界を支配した。佐藤康光、森内俊之、郷田真隆…。多くの天才が若くして頂点に立った羽生という刺激を得て奮起し、それぞれ羽生の座を狙った。何度となく繰り広げられた名勝負は、そのものが将棋界の近代史だ。

 一方、ペップ・グアルディオラは、バルセロナで伝説となった。ボール扱いに優れた芸術家肌のMFは、独特の哲学によってチームを組織。生え抜きの選手達を抜擢しつつ、フットボールの歴史上でも最強と言われるチームを組織した。バルセロナBでの指導者として活躍して、そのままトップチームへ。ヨハン・クライフの教え子は、彼の哲学を現代的に進化させた。ドイツのバイエルン・ミュンヘンでも素晴らしい結果を残し、来年からはマンチェスター・シティに就任が決定。プレミアリーグの舞台に、「世界で最も欲しがられる指導者」が向かうことになる。

 
専門家でも舌を巻く、難解な思考と集中力

  
 羽生善治を解説するのは、簡単ではない。「天才の詰みですね」というNHK杯での先崎学九段のコメントや、豊島将之七段を迎えた王座戦での阿久津主税八段の興奮した解説などが印象的だ。彼の深い思索は、他の天才達ですら理解出来ない領域へと達している。予想出来ないタイミングで攻撃と守備を切り換え、ふわりと手渡しすることで間合いを測る。変幻自在の指し回しで、常に相手の思考を超える。普通じゃないから七冠になった、と呼ばれる男は常に周囲の理解を超える。

 
「アイルトン・セナが時速
300kmで神の世界を見たといったが、将棋にも思考の最中時速300kmの世界がある」

「これ以上集中すると、戻ってくることが出来なくなりそうだと感じる時がある」

 
 独特で難解な思考を、更に深く潜っていくように研ぎ澄ます。彼は集中力を高めていく過程を「ダイビングの様に水圧を徐々にかけていく」と表現した。

「ティキ・タカという言葉が嫌いだ」というグアルディオラの著書におけるコメントは、ヨーロッパ中で話題になった。彼は、「ティキ・タカというのはメディアによって作られた言葉でしかない。ボールをパスするためだけに試合を進めるというのは無価値で、バルセロナはそんなことをしていない。目的はゴールであって、ティキ・タカなどというものは存在していない。ボールを回すのは、明確な目的と共に行われなければならない」と述べた。ペップ・グアルディオラは、非常に哲学的なコメントを残すことがある。攻撃的フットボールを貫いた求道者の1人である東欧の奇才ズデネク・ゼーマンは「グアルディオラは素晴らしい指揮官だよ。私が嫌っているのは彼ではなく、上辺だけ彼を真似る指導者だ」と述べた。

 彼は「ボールを動かすのではなく、相手を動かすのだ」と言う。ボールを保持し、パスを回す。その中でも独特で、難解な思考こそがグアルディオラを1つ上のステージに押し上げているものなのだろう。「最終的には、100%のボール保持率こそが理想」と語る男は、やはり異質な思考を持っている。

 更にアリエン・ロッベンは、ペップ・グアルディオラの練習について「非常に集中して、思考速度を上げることを常に求められる」とコメントした。自らの集中力で勝負する羽生善治と異なり、フットボールの指揮官は選手達の集中力も高めていく必要がある。彼は普段の練習から、選手の集中力を高い状態に持っていくことができる。

 
「新しい世界」への渇望

 
「大一番の対局では、誰しも手堅く、安全、確実な道を選びたくなるものだ。自分もそうすることがよくある。しかし、確実にという気持ちに逃げると、勝負に勝ち続けるのは難しくなってしまう」

「将棋の世界は同じ人たちと何十年と戦い続けますから、スタイルを変えて一度勝ったとしても、2回目からは通用しません。結局、どこかで相手の得意な戦法で戦わなければいけない。お互いに逃げるに逃げられないところはありますね」

 
 羽生善治は、挑戦的な棋士である。頂きに長く君臨しながら、その姿勢を崩すことはない。常に難しい道に踏み込み、新しい手を探し続ける。「決まり形でやっていたら、そのことで将棋をやっている意味があるのかということに、どうしてもぶつかってしまう」という彼は、様々な定跡研究が進んだ将棋という世界で様々な可能性を探し続ける。深い宇宙で、もがき続けることを楽しんでいるかのように。

また、彼は好んで相手の得意形を迎え撃つことでも知られている。昨日名人挑戦を決めた、「今最も勢いのある棋士」の1人である佐藤天彦八段が得意とする横歩取りを王座戦で迎え撃ち、見事に勝利を飾ったのが印象深かった。

 
 ペップ・グアルディオラも、大勝負でこそ大胆に仕掛けることで常に違いを作ってきた。マンチェスター・ユナイテッドとの
CL決勝で、リオネル・メッシを中央に用いた奇策は、相手のDFを混乱の中に叩き込んだ。バイエルン就任後の古巣バルセロナとの試合では、フルコートでマンツーマンを仕掛けるという大胆な守備を採用。結果的にバルセロナの前線に崩されて敗北したものの、「自らの策に間違いはなかった」という発言を残した。

 
 時代を席巻したバルセロナでも、常にグアルディオラは新しい変化を求め続けた。
3バックの採用、若手アタッカーをワイドに起用した3トップなど、そのアイディアには限りがないかに思えたほどだ。結果だけでなく、常に新しいものを探し続ける姿勢こそ、彼を世界の頂点に置き続けている資質なのだろう。ドイツ代表指揮官レーヴは、「グアルディオラはフットボールの定理と常識を否定し、新たなフットボールを作った」と言う。

 
攻撃と守備、への包括的な理解

 
 羽生善治は「守ろう、守ろうとすると後ろ向きになる。守りたければ、攻めなければいけない」と言った。緩急自在に流れをコントロールする彼のスタイルは「曲線的」と表現されることも少なくない。攻めと守りを切り離して捉えるのではなく、状況に応じて攻撃と守備を切り替える。常に全体を理解し、勝負すべきタイミングを掴む術こそが経験によって培われた妙技だ。

 ペップ・グアルディオラのフットボールも同様に、守備と攻撃を一体化させて捉えている。攻撃的と表現されることも多いバルセロナだが、グアルディオラは守備の重要性について何度も言及している。「守備の方法こそ、我々のフットボールにおいて最も基礎的なことだ」と述べ、DMFからCBにコンバートしたハビ・マルティネスのポジショニングを徹底的に指導した。

 グアルディオラの恩師マヌエル・リージョは、「グアルディオラのチームは、攻めながら守る唯一のチームだ。彼らは、ボールを持ちながら休むことが出来る。相手がボールを奪った時、相手は疲れ切ってしまっているのだ」とペップのチームを表現した。

 グアルディオラはドイツ代表のフィリップ・ラームを「世界で最も賢い選手。どのポジションでも正しい判断が出来る」と絶賛したことがある。攻撃と守備を包括的に捉えるが故に、ペップ・グアルディオラは選手のコンバートを好む。DMFからCBとなったハビエル・マスチェラーノは、1つの素晴らしい例だろう。ラームもSBから中盤に移り、その才能を更に発揮することとなった。ダビド・アラバも「自分がCBとしてプレー出来るなんて考えたこともなかった」とコメントした。攻めに適した駒を創造的に守りに使い、守りに適した駒で相手に襲い掛かる羽生のようだ。

  
 
2人の天才は、これからも活躍していくに違いない。羽生善治は、世代交代を狙って襲い掛かる若手との闘いに身を投じていく。ペップ・グアルディオラは、世界でも最も力と資金力が拮抗するチームが多いリーグになりつつある英国へと赴く。バルセロナ、バイエルンといった支配的なクラブを率いていた彼にとっては、ある意味では新しい挑戦になるだろう。一度戦場を離れてみれば温和な印象を持つ2人だが、激しい闘いの中で生きているし、それを求めているはずだ。

 常に挑戦的であることと、大局観を持つこと。当たり前に聞こえることだが「頂点に立っても進むことを恐れないこと」が、彼らを誰も見たことのない世界へと導く。研究が進む将棋の世界にあっても、「戦術的な改革は起こらないだろう」と言われるフットボール界にあっても、2人は徹底的に創造性を研ぎ澄ます。

 ペップ・グアルディオラは偶然出会った世界一のチェスプレイヤー、マグヌス・カールセンを質問攻めにしたことがあるという。羽生善治と出会っても同じようなことが起こるのかもしれないと思うと、微笑ましい気持ちになる。

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About yuukikouhei

yuukikouhei
結城康平: DEAR Magazine 編集部で「KNOW」カテゴリ中心に編集、企画担当。やりたい事だけは沢山あるので、Dear Magazineと共に色々なことに挑戦していきたい。ジャンル問わずなんでも書く系。サッカー批評、Qolyなどに寄稿経験有り。今一番欲しいものは、新しいノートパソコンと可愛い小動物を飼える環境。好きなアーティストはエジンバラ出身のBlue Rose Code。